op.16
「皆…ごめんね…」
彩音は勉強の休憩時間にはいつも芳の音楽を聞いた。
もう芳は自分のことなど愛想を付かしているかもしれない。
それでもせめて、彼の音楽の傍にいたいと思ったのだ。
そうして芳のことを考えながら聴いていると、たくさんの思いが浮かび上がってくる。
何度も何度も詞を書く彩音。
もう自分のそれなど必要とされていないことは分かっている。
――それでも。
それでも書きたいのだ。それが自分と歌を繋ぐ最後のものだと思っているから。
「出来たぁ……」
ほぅー、と安堵の息を洩らし、紙に書いた詞を眺める。
「でもこれ、どうしようかな…」
今更誰に見せられるというのか。裏切り者の詞を使うお人好しが何処にいる。
仕方ない、一人で勝手に歌ってよう。
彩音は最近、また最初の頃によく行っていた砂浜へ行くようになった。
やはりそこで歌うのが好きだし、健太なんかも姿を見せることはなかったから。
「貴方に 伝えたい
想いが 後から後から
流れる…
好きだとか 愛してるとか
今は 分からないけど
いつだって 貴方
傍にいてくれたから
素直じゃない あたしを
真っ直ぐな瞳で
包んでくれたから
また見付だして
迷子の仔猫のような
あたしを…
蹲り 動けずにいる
弱虫なあたしを
今なら まだ行けるから
曇りのない空の果てまで
今飛んで行きたい 貴方の元へ」
気持ちいいな、思いきり歌歌うのって。
思わず笑顔綻ぶ彩音。
いつかのように砂浜にぺたんと腰をおろす。
甘い旋律の芳の曲に彩音の心のたけをぶちまけたかのような情熱的な声が入り混じる。その溶け具合いは絶妙だ。
「勉強しなきゃ」
思いきり立ち上がり、パンッと砂を払う。
模試は明後日。明日にはここを出て都心で一泊しなければ。
とにかく今は、模試のことだけを考えよう。