op.13
え……。
嘘、でしょ。
待って、お願いだから落ち着いて、私。
…だめだぁ……。
見間違いじゃ、ない。
「彩音…歌詞がどれも暗いんですけど」
圍がルーズリーフに書かれた四本の彩音の詞を見て、眉を潜めながら言う。
「いつも好きだったのに
もうさよならしなきゃ
あたしには やっぱり
あなたといられる 資格がないの
…なんかあった?」
一瞬身じろぐ彩音を見て、“何かがあった”ことを実感する圍。
何なんだよやっと心を開いたかと思ったのに。問題が起きたんだろうけどさ…。
なんとなく釈然としない圍はぶすっとした表情をして、
「芳の曲聴いたか?希望に満ち溢れた明るい曲と、甘い雰囲気の曲だったと思うけど?」
圍の苛々が伝わる。
彩音も早く言わなければいけないことは分かっているのだが、結局どうすれば良いか判断が付かないのだ。
「うん、そうだよね…」
あの素敵な曲に合う詞を書きたい。どれも彩音の声が一番引き立つ旋律なのだ。
「彩音は音域が広いから、遠慮なしに好きな曲が書けた」
暖かい目で彩音を包んでくれる、芳の存在。
「うん――有り難う」
期待を裏切りたくはないんだ。
この場所を失いたくはないんだ。
でも……でも、自分のここに来た目的はあくまで“集中して受験勉強をする”こと。
「あぁもう、焦れったいなぁ!何かめぐ達に言わなきゃいけないことがあんだろ?ぱぱっと済ませろって」
音楽室の木の椅子にどっかと座って話を促す。
彩音は意を決して話し出す。
「二ヶ月後のライブの日…模試が入ってた」
言い終えて下唇を噛み締める。
「――…模試?」
きょとんとする圍。芳はまだ何も言わない。
「模試なんて何度もあるんだろ?あービックリした、もっと深刻なのかと思ったよ」
椅子に座り直し、安堵の息を吐く圍。
「ちっ…違うの、何度もなんてないの」
「ん?」
ぱっちりした目を開いて彩音を見上げる。
「ペティキュラー模試って言って、受けるのにも資格がいるような模試なの」
ぴくっと圍の口元が動き、ひきつる。
「…それで?」
彩音にちゃんと話させようと、敢えて口を挟まずに小さく声を出す。
「それ…で、私はどうしたら良いか迷ってるの」
ガタンッ
その言葉を聞いて圍が荒々しく立ち上がった。
「は?迷ってるじゃなくて、もう決まってんだろ。だから悪いと思って言えないんだ」
そうはっきり言われて、彩音は図星だと思った。
迷ってるんじゃない、心はもう決まっている。
でもバンドが好きだから無責任な嫌われるようなことはしたくないのだ。
「うん…」
小頷きそのままうつむく。
「なんで?一流高の奨学金を目指してまで、なんでそんなに受験したいんだ?どんなに大きな模試だって、次のがあるじゃないか。模試受けなくたって勉強続ければ関係ないだろ?」
きつい口調で巻くしたてながら、必死に引き留めようとする。
「そこの模試だけをずっと受けてるから、今回逃したら三年になってからしかないの…」
こう話しながら、より模試を受けなければならないという意識が強まった。
「あぁ…そういえば彩音、まだ体験なんだっけね」
芳に連れられてここに来た日、そういえばバンドを体験するということで仲間に入ったのだ。
そしてそのまま歌っていたが、本当のメンバーになるとの返事をしていなかった。
「成程、まだちゃんとしたメンバーじゃないもんな。分かった、もういい。めぐが弾き語りする」
ぽそっと最初からそうすりゃ良かったと呟く圍。
彩音の胸がじわじわと締め付けられて行く。
自分はメンバーなんかじゃなかった。
思い上がっていただけだった。
そして今、自分からこの居心地の良い場所を手放してしまったのだ。
でもどうしても彩音は、模試を受けないわけにはいかない。
経済的な問題もあるし、何より“あの人”を見返さなければならないから――…。
雲行が怪しくなって参りました。あらすじを最後の一文だけ書き足しました。




