op.12
「どしたの、彩音ちゃん?すごい嬉しそう」
にこにこしながら夕飯を食べる彩音を見て、澄海が尋ねる。
話をする時は笑顔になることはあっても、普段にこにこしているなんて初めてだったからだ。
「えっ、別になんにも…ないよっ」
やっと本当に笑えたの、なんて言えるわけないので誤魔化す。
「そうなんだ?ねぇママ、すごく元気だよねぇ?」
今度は母親に話を振る。
「澄海、そんなにごちゃごちゃ言うもんじゃないのよ。元気なら良いことなんだから騒がないの」
賑やかな娘に苦笑しながら、おばちゃん――友季子も心の中で澄海と同じことを思った。
「あっ!なんでもなくないんだ」
ふと笑顔の経緯を思い出した彩音は、ライブのことを伝えた。
聞いた途端に澄海と友季子は大はしゃぎ。
「えっ、もしかしてCD出しちゃったり?」
「あら、それならサイン第一号はおばちゃんが良いわ」
「えぇっ?澄海に決まってるでしょ、ねぇ彩音ちゃんっ」
二人とも本気なのが恐ろしい。
「ちょっと、落ち着いて…っ」
くすっ
思わず吹き出してしまう。こんな経験も初めてのような気がする。
「そうだよママ。学校で演奏するだけでテレビカメラとか来るんじゃないよ?」
いきなり澄海は身を翻して友季子をなだめる。
「え!……いやぁね、ママはそれくらい分かっていますよ」
明らかに慌てた友季子だが、隠してそう言う。
正直な性格が災いして嘘なんかつけない様子をかいまみる。
「そういえば彩音ちゃん、いつかに模擬試験があるんだって?都会の方に出なきゃいけないんだったわよね」
いきなり話を変える。意図して話を反らしたのではなく、急に思い出したようだ。
「あぁ、そうなんです。後で日程確認してみますね」
彩音が受ける某塾の模試は、全国でとある基準に達している者しか受けられないものなのだ。
これを受ける人イコール、難関高・大へ進んで行く人。そんな構図が容易に浮かび上がる。
「へぇ、いーなぁー。澄海も新宿とか渋谷行ってお買い物したいよ」
いやいや、試験に行くんだって。
そんな突っ込みを飲み込み、
「何か欲しい物あるの?」
と尋ねる彩音。
「そぅなの〜。由美が持ってた雑誌に書いてあったインドサンダルなんだけどね、ヒールぺたんこで歩き易そうだし、なんたって可愛いのがジャラジャラ付いてるんだもん」
確か、由美というのは同じクラスの女の子で、ふわっとカールした天然パーマがなかなか可愛い、愛嬌のある子のだ。
「インドサンダルって…」
二年程前にもハヤってなかったっけ?何足か買ってもらって、気に入ってた気がする。
今は……もう、何処かの押し入れに詰め込んで来たけど…。
「彩音ちゃん、起きてる?」
ぼぉっと思考の渦に立ち入ろうとしていた彩音の顔を、澄海が冗談めかして覘きこむ。
「ごめん、寝てた」
もちろんそんな訳はないのだが、澄海の言葉に合わせ冗談を言う。
「あははっ、もう、彩音ちゃんったら喋ってる途中で黙りこむんだもん」
そうだった、と思い出す。
「――えぇっと、そうそう。インドサンダルって、皮で出来てて指の所にアクセ付いてたりするやつだよね、って言おうとしてた」
さっきのやりとりを思い出しながら判りきっていることを話す。
「うん、そう。もしお店寄る機会があったら見てみてもらえる?お金渡すから!あんまり高いのは買えないけど」
きっと彩音ちゃんは趣味良いだろうし、とにこやかに付け加える。
「時間あったら、ね」
彩音も笑って、友季子のそろそろ片付けましょうという声を合図に食事が終わった。
今の彩音には、世界がキラキラして見えるんだろうな、青春だわ。なんて思いながら書いています。