op.10 “いい子”
「圍…お前、あの子のこと嫌いか?」
帰り道、芳が問いかける。二人の家は大きな畑を挟んで隣同士なのだ。
「なんで」
ぶっきらぼうに返事をする。
「なんで、そんなことを訊く?」
もう一度ゆっくり尋ね、芳の方に振り返る。
「そんなオーラが出てたから」
躊躇いもなくあっさりと告げる芳に、ふっと吐息を溢す圍。
「わかったよ。別に態度に出すつもりなんかなかったんだけどさ。あーぁ…これじゃ彩音にも伝わってるか」
彩音は人の感情に、きっと敏感だろうから。そんな風にぽつりと思う。
「なんで?」
今度は芳が尋ねる番だ。
「なんでって…。芳わかってんだろ?めぐはああいうタイプの人間が好きじゃないって」
「“ああいうタイプ”って?」
質問し続ける。いつもはこんなにしつこく訊いたりしない人なのに。
「…なんだ、芳はあいつが好きなのか」
「そんなことはない」
「やめとけやめとけ、芳には無理。いい子でいたいようなヤツがお前に振り向くわけがない」
はぁ…、と芳は溜め息を付く。話が望んでいない方向へと進んでいるからだ。
「そうじゃないだろう。さっさと質問の返事をしろ」
少し苛つく芳を見て、諦めたように圍が話しだす。
「だぁから…。いい子だからだよ。むしずが走る」
「いい子って…それは彩音もだろう」
皆目わからないという顔をする芳。
「鈍いなぁ。この鈍男くんがっ」
笑いながら冗談を言い、
「あ、じゃ、めぐは帰るから。またなー」
さっさと家に入ってしまった。
「はぁ…。一体なんなんだ」
芳には圍の考えていることがわからなかった。
いい子だから嫌い、という意味。でも彩音は良いという意味。
芳には、澄海は好印象だった。
前から元気に明るく友達と喋っているところは何度も見掛けていたし、近所の評判も頗る良いからだ。
それに――彩音の友達だ。
彼女が全面に好きだという気持ちを表していたから、本当にいい子なのだろうと思う。
造られた“いい子”ではないと思う。きっと圍は何か思い違いをしているんだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら、芳も家に帰って行った。
圍と芳の会話、なんだか好きです。昔から知っている者同士の遠慮のなさや、はぐらしかたなんかがしっくりくるのかもしれません。
もしよろしかったら、感想やアドバイスなどよろしくお願いします。読んでくださって有り難うございました。