op.1 笑顔と音楽と
私には歌しかない
歌を歌えば気分が軽く
主人公にだってなれる
歌は自分を解放する
唯一の方法なんだ
青く晴れた夏の日。
一人の転校生がやってきた。
そこは田舎の中学校で、辺りには山も海も川もある。
空気がきれいで、避暑地にもなる澄んだ場所。鳥のさえずりは心を軽く弾ませる。
「いらっしゃい、彩音ちゃん」
優しい優しいおばちゃん。
転校生、彩音の母親の妹で、結婚するときに都会からここに移住した。
「こんにちは、お世話になります」
「よく来たね。疲れたでしょう。二年生からだなんて中途でいやかもしれないけど、皆心根が良い子ばかりだからすぐ仲良くなれるわよ」
「…はい、楽しみです」
おばちゃんは気付いているだろうか。
彩音の笑顔には心が入っていないこと。偽物だということに。
他人と仲良くなるつもりなどない。
ただ義務教育を終え、勉強して奨学金で高校、大学へ進学する。
勉強に良い環境にいるために空気の良い田舎、人の良い人達に囲まれて暮らそうと思った。
予備校や塾なんかには頼らない。必要最低限の人と潤滑に関わることが出来れば良い。
「あの…散歩してきて良いですか」
いつの間にか身についた笑い方。
良い笑顔ね、なんて誉められたことは何度もある。相当の演技派なんだ、きっと。
「まだ慣れてないんだからあまり遠くに行っちゃだめよ。森や山は特に危険だからね」
「わかりました、行ってきます。」
木々には興味がない。川か海に行きたい。人が来ない自分だけの場所を見付けたいんだ。
「はぁ…」
海に出るにはもっと歩かなければ。体力はあるから辛くはないが、気持ちが焦る。
すっと潮風の香りが漂う。
海は近い。新品のサンダルは足に馴染み、どんどん歩いて行ける。自転車は来週には届くから移動に困ることはなくなる。
「あっ……」
キラキラ、キラキラ。
波が太陽に反射して、まるで宝石のように輝く。
海など見るのはいつぶりだろう。
もう記憶の片隅にしか残っていない。
両手を両親に握られて、一番彩音が幸せだった時―。
周りには誰もいない砂浜。
民家は遠く、蟹が歩くだけ。ここなら大丈夫。思う存分歌える…。
すっ
息を深く吸う。お腹、肺、身体中に深く、深く。頭の中にメロディーが流れる。
今日から始まる 新しい世界
悩み 全部抱えて 今…
胸痛めて歩いた日々も いつか 誇りになるように―…
歌詞も曲も、ふと浮かんだものをそのまま歌う。
好きな歌手の歌ももちろん歌うが、気が付くと口ずさむのはそんな歌。
自分の内面を表現するとかそんな大袈裟なつもりはない。
ただ、歌うだけ。そしてこれが彼女の一番、好きなこと。
新連載です。今までと雰囲気を変えてみようと、挑戦してみます。感想、評価などお願い致します☆