05 川辺
ほどなくして、宿屋の中で動きがあった。
寝台に腰掛け、部屋の柱に背を預けながらローミングパットをいじっていたマルハレータは顔をあげた。
息をひそめる気配、足音を消すような歩き方が、階下から木材の柱と梁を伝うわずかな震動となり感じられる。
「追うか?」
闇の中で向かいの寝台から声がかかる。
「ああ。だがおれ一人でだ。…おい」
マルハレータが立ち上がり、開いた窓から屋根に出ようと身を乗り出すが、背後から襟をつかまれてしまい身動きが取れなくなる。
「お前の図体じゃ隠れようがないだろうが」
襟を掴んだ背後の男を睨むが、相手も動じない。
「隠密行動が出来なくてあんたの部下がつとまるかよ。何であろうが俺様はあんたから離れないからな」
やたら落ち着きのあるローデヴェイクの声に、マルハレータは苛つきを覚えた。
「あの闇の精霊に何言われたかわからねぇが、おれの心配なんざするな」
そう言うと襟を掴まれた手をはたき落とし、窓から出て屋根をつたい外の通りに飛び降りる。続けて背後からローデヴェイクが続き、音も気配も消した動きにマルハレータのイラつきはさらに強くなった。
二人が表の通りから横道に入り、宿屋の裏手にまわるとちょうど宿屋一階の裏口から布で頭を隠した二人組が出て来る所だった。彼らは見送りの女将と小声で会話を交わすと、身を屈めて歩きだした。
「追われる身ってやつか」
マルハレータはそうつぶやいた。
追った先は街の中を流れる川だった。川岸を石を組んで造成してあり、人が4、5人は同時に通れそうな木造の橋がかけられている。その橋のたもとには小舟が係留されており、どうやら二人組を乗せる為に用意したもののようだった。
マルハレータとローデヴェイクは建物の影から様子をうかがうことにした。物陰に隠れながら、マルハレータはふと上を見上げた。
夜空は見た事の無いくらいに深く安らいだ色あいをしており、数限りない星がちりばめられ、輝いていた。
「月は見あたらないな」
「女を確認しろ!」
鋭い男の声に目線を戻すと、小舟へと向かっていた二人が十人ほどの人間に囲まれていた。
見ると帽子の男もいる。川辺にも見張りがいたらしい。
「は、はなせっ!」
捕まった二人が頭を隠していた布を取り払われる。年老いた男と若い女だった。さらに帽子の男が女の髪を掴む。そこに小さな手鏡のようなものを当てると淡く光って輝いた。
「確認した、こいつだ。連れていけ」
「やめろ! 人違いだ! 連れて行かないでくれ」
「いやっ! 離して、離してよ!」
老いた男が叫び、女は泣きながら縛られる。
「男の方は始末しろ」
帽子の男はそう言いうと女だけ連れて去った。
残った男達が暴れる年老いた男を無理やり座らせ、川の水面に頭から胸元まで突き出すようにして押さえつける。
一人が腰から剣を抜くと、高く振り上げた。
「効率的に動く。軍か何かか?」
そう言いながらマルハレータは素早く地面にあった石を拾い、振り上げられた剣を目がけて投げつけた。
今にも振り降ろされようとしていた剣の刃が突然砕け、男達が慌てる。
彼らが顔を上げて背後を振りかえると、銀髪の男が立っていた。
「この川は深そうだな」
そう言うと男達を蹴り飛ばし、川に落としていく。一緒に老いた男も落下しかけるのをマルハレータが掴んで止める。
「あ、あの…貴方がたは一体…」
「気にするな」
川面でもがく男達を眺め、そのうちの一人に目を留めるとマルハレータは指を鳴らした。