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血霧と狂狼  作者: やまく
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04 感謝

 

 

 

「なんだ」

 階下から聴こえる女将の声に警戒するものを感じて、マルハレータはローデヴェイクから離れた。

 部屋を出る際にローデヴェイクをちらりと振り返ると、彼は己の両の手のひらをじっと見つめて固まっていた。

「どうした」

「…なんでもねえよ」

 マルハレータの言葉にそう答えると、拳を握りしめて立ち上がった。


 宿屋の一階へ降りてみると、狭い入り口で男達が女将を取り囲んでいる。

「おい」

 マルハレータが声をかけると一斉にこちらを見た。

「あ、こいつらさっき大通りで騒ぎを起こしていた奴だぜ」

 男達が品定めするようにじろじろとマルハレータを見る。そのせいか背後のローデヴェイクの機嫌がまた悪くなっているらしく、何人かの男が怯えた表情をしている。

「お前らここいらでは見ない顔だな。どこから来たんだ」

 リーダー格らしき革製の帽子をかぶった男が言った。

「てめぇらの知らない、遠い遠い所だ」

 マルハレータはポケットに手を突っ込み、表情を変えずに言うと、鋭さを持つ灰色の瞳でぼんやりと状況を眺める。

 ローデヴェイクを捕らえに来たわけでもなく物取りや強盗ではないようだ。


「おまえらは何をしてるんだ?」

「お前たちには関係ない」

「だから、うちにはいないと言ってるだろう!」

 女将がこらえかねたように怒鳴る。

「だがこの宿屋が最後だ。他はもう捜索が終わっている。調べろ」

 そう宣言すると男達は小さな宿屋の中に散開した。

 女将と帽子の男だけが残った薄暗い入り口の空間の隅に立ち、マルハレータは小さな建物に響き渡る荒々しい物音を聞いていた。時折、従業員だか客だかの悲鳴も聞こえる。

 ローデヴェイクがふと何かに反応し、階段をあがって部屋に戻っていった。責め合う声がきこえ、一度ローデヴェイクが何かを殴り飛ばした音がする。

「どうした」

 相変わらず不機嫌な顔つきのままで戻ってきたローデヴェイクは、自分とマルハレータの荷物を持っていた。

「あいつら勝手に触りやがって」

 調査の名の元に自分達の荷物も物色されそうになっていたらしい。

「お前の愛機は無事だったか?」

「ああ。ほら、あんたのだ」

 ローデヴェイクから自分の鞄を受け取ると、マルハレータは両手で持った鞄をいったん見つめ、それから顔をあげて彼を見て口を開いた。

「ありがとう」

「いっ!?」

 ローデヴェイクは驚愕し、それから酷く何かをこらえる顔つきになると、遠くを見つめ、歯を食いしばりながら声を出した。

「…お、おおよ」


 マルハレータは宿屋の一階玄関の片隅から動かず、ローデヴェイクも彼女の隣でずっと立っていた。先程のやりとりのあとなぜか会話がしずらくなり、二人は言葉を交わすことなく、マルハレータは女将と帽子の男の様子を眺め、ローデヴェイクは時折マルハレータに目線をやりつつも、屋内を家探しする男達の動きに意識を向けていた。


 しばらくすると家探しは終わり、結局目的のものを見つけられなかった男達は女将に脅し文句を告げて去っていった。


「で、あんたは誰を隠してたんだ?」

 マルハレータは男達が去っても落ち着く様子がない女将に自分から声をかけてみた。

「この裏、隠し部屋があるだろ?」

 そう言い、背後の木製の壁を指さす。マルハレータとローデヴェイクの二人がずっといたために男達が近寄ることのなかった場所だ。

「なに、単なる好奇心だ。黙っていたきゃ黙っていていい。部屋に戻るぞ」

「ああ」

 相手が無言のままだったので、マルハレータは興味を無くした。


 部屋に戻り、マルハレータは室内のランプの火を消すと窓際に立ち外を見た。外の狭い通りには建物の外壁に取り付けられたガス灯しかなく、その僅かな明かりの下には酔っ払いらしき男がぐったりと座り込んでいる。

「まあ、見張りだろうな」

「首を突っ込む気か?」

 寝台に腰掛けローデヴェイクが問う。

「さあな。ただ、他にすることもないしな」

 そう言うとマルハレータは右手を軽く握り、人差し指だけ立てると軽く振った。その瞬間、高音と共に通りの灯りが破裂した。もう数度指を振ると、全てのガス灯が消え、通りは闇に包まれた。

 暗くなり視界が悪くなると、座り込んでいた男は突然しっかりと立ち上がり、駆け足でどこかへ立ち去ていった。

 その足音が聞こえなくなるのを確認してマルハレータは窓から離れ、小さな寝台に身体を投げ出すようにして座る。向かいの寝台を見ると、ローデヴェイクがじっとこちらを見ていた。暗闇の中でもその強い視線と銀髪の輝きははっきりと見て取れる。

 それらを見て、彼女は空に月が出ていたかどうか確認していないことに気付いた。そもそもこの数百年後の時代にまだ月があるのかどうかも知らないが。

「なんだ」

「あんた…身体は平気なのか。その、影霊になってからよ」

 歯切れの悪い物言いにマルハレータは目を細める。

「ああ、至極まっとうだ。前とはえらい違いさ」

 そう言い、両手を広げて、握りしめ、また広げる。白っぽいがそれなりに血色が良くすべりも良い手のひらだった。それから視線を落として胸元から下の全身を眺める。

 生前のマルハレータは身体が弱かった。さらに直接戦場にでかけることが度々あったために怪我も多く、晩年はほとんど寝たきりだった。自分の足で立ち、歩き、栄養剤や病人食ではない食事をするなど、一体どれほどぶりだろか。


「なんだかしらんが、これが健康体ってやつなんだろう? まあ悪くはないな」

「そうか」

 いつも仏頂面で凶悪な目つきをしているローデヴェイクが、暗影の中で和らいだ顔をしたように見えた。


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