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血霧と狂狼  作者: やまく
3/32

03 呼吸

 

 

 

「おおお、すげえ美人じゃねえか」

 食事を終えて店を出て数歩いかないうちに、マルハレータはすれ違った男達に話しかけられた。

 随分と酒に酔っているらいしく、声をかけてきた男は赤らんだ顔で足元がおぼつかない。

「なんだ?」

「ねえちゃん、俺たちともう一件いかねえか? いい店紹介するぜ~~」

 そう言いながら肩を掴もうとするので、軽く横に動いて避ける。

「お、やろうっての、良い度胸じゃんよ~」

 別の男がにやつきながら手を伸ばしてきた。

 その手がマルハレータの腕に触れた瞬間、ローデヴェイクが横から拳を繰り出し男を吹き飛ばした。

 次には最初に話しかけた男の胸元を掴みあげ、放り投げる。残った男達が投げられた男を受け止めようとしたが、勢いに負けて全員通りの反対側まで吹き飛ばされた。


「失せろ」

 低く、こらえるように言う姿に、彼のいらだちが限界にきていることが見てとれた。

「ようやくキレたか」

 そう言い、マルハレータはひとつ息を吐いた。


 宿屋に戻ってもローデヴェイクは落ち着く様子が無かった。己の愛機から手を離す事無く、狭い部屋を落ち着き無く歩き回る。

「ちっとは落ち着け」

「うるせえ! こんなに静かだといらつくんだよ!」

「黙れ」

 マルハレータはローデヴェイクの腕を掴んで寝台に座らせ、自分は寝台の上に膝をついて男の頭を抱える。

「な…なんだ!」

 腕の中から動揺する声がした。

「さっきはよくやった」

 そう言ってマルハレータはローデヴェイクの頭を軽く叩いた。

「沸点の低いオマエがよく殺さなかった」

 ローデヴェイクはされるがままにマルハレータに抱き込まれた姿勢でじっとしている。

「よく我慢した」

「してねえよ」

「この状況はオマエには馴染まないものだろう。ずっと戦場にいたからな」

 幼い頃からほとんどの時間を戦場で過ごし、常に敵を殲滅する事だけを考え続けていたローデヴェイクには、誰も襲ってこないこの状況は逆に不安定しかもたらさないだろう。

「本当は国を出る前に限界がくるかと思っていたんだがな」

「しるか」

 ローデヴェイクはそう言い、おそるおそるマルハレータの腰に両腕をまわす。それからマルハレータのシャツの襟元に鼻先をうずめ、ゆっくりと息を吸い、深く吐き出す。

 互いにそのままの姿勢で動かず、しばらくたってローデヴェイクがつぶやくように言った。

「アンタは手の届かないモンだった」

「ああ」

「王族以外は長時間会う事だって許されねぇ、声を聞く事も、触れる事も」

「そうだったな」

「アンタが汚されるのは我慢ならねえ」

「オマエ、おれの婚約者を勝手に殺して、血まみれでその首持ってきた時も、そんなこと言ってたな」

「あの男はロリペドの下衆野郎だ。まだ小さかったアンタの写真を舌で舐めていやがった」

「そうか、それは当然の報いだな」

 それがどんな男だったのかまるで思い出せず、マルハレータはぼんやりとローデヴェイクの髪を触り続けた。


「今になって、すべての男達がアンタを見て、会話して、勝手に触りやがる。それが俺様をいらだたせる」

「そうか。なら我慢しろ」

 マルハレータは男の硬質の髪を指に巻きつけて遊びながら言った。

「かなりキツいんだぞ」

「警戒するならしたいだけしてろ。不安になればこうやってオマエのそばにいてやる」

 ささやくようにマルハレータは言った。

「それでも耐えきれなくなったら、おれが受け止めてやる。全部おれにぶつけてこい」

 オマエが焦がれていたものは、今はオマエの両腕の中にいるんだぞ。

「己を癒せ、そして前へ進め、ローデヴェイク」

 ローデヴェイクはマルハレータを抱えたまま動かずに何も答えなかったが、時折強く抱きしめて深く呼吸して、その存在が本物である事を何度も確かめているようだった。

「アンタ、前とは随分違うな」

「…あの女王サマの影響だろうな。朝はのんきに土いじり、昼はお茶の時間ときていやがる」

 眉間に皺をよせながらマルハレータはぶっきらぼうに言った。

「まあ、あれだ。オマエはおれの勝手で蘇らせたんだ。おれに飽きたらさっさと好きな所へいくといい。オマエはもう自由だ」

「俺様の自由はアンタの隣だ」

 マルハレータは自分を見上げてくるローデヴェイクを見つめかえした。


 ローデヴェイクがマルハレータの体をより深く抱きしめようと動いた時、宿屋の一階が酷く騒しくなった。


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