03 呼吸
「おおお、すげえ美人じゃねえか」
食事を終えて店を出て数歩いかないうちに、マルハレータはすれ違った男達に話しかけられた。
随分と酒に酔っているらいしく、声をかけてきた男は赤らんだ顔で足元がおぼつかない。
「なんだ?」
「ねえちゃん、俺たちともう一件いかねえか? いい店紹介するぜ~~」
そう言いながら肩を掴もうとするので、軽く横に動いて避ける。
「お、やろうっての、良い度胸じゃんよ~」
別の男がにやつきながら手を伸ばしてきた。
その手がマルハレータの腕に触れた瞬間、ローデヴェイクが横から拳を繰り出し男を吹き飛ばした。
次には最初に話しかけた男の胸元を掴みあげ、放り投げる。残った男達が投げられた男を受け止めようとしたが、勢いに負けて全員通りの反対側まで吹き飛ばされた。
「失せろ」
低く、こらえるように言う姿に、彼のいらだちが限界にきていることが見てとれた。
「ようやくキレたか」
そう言い、マルハレータはひとつ息を吐いた。
宿屋に戻ってもローデヴェイクは落ち着く様子が無かった。己の愛機から手を離す事無く、狭い部屋を落ち着き無く歩き回る。
「ちっとは落ち着け」
「うるせえ! こんなに静かだといらつくんだよ!」
「黙れ」
マルハレータはローデヴェイクの腕を掴んで寝台に座らせ、自分は寝台の上に膝をついて男の頭を抱える。
「な…なんだ!」
腕の中から動揺する声がした。
「さっきはよくやった」
そう言ってマルハレータはローデヴェイクの頭を軽く叩いた。
「沸点の低いオマエがよく殺さなかった」
ローデヴェイクはされるがままにマルハレータに抱き込まれた姿勢でじっとしている。
「よく我慢した」
「してねえよ」
「この状況はオマエには馴染まないものだろう。ずっと戦場にいたからな」
幼い頃からほとんどの時間を戦場で過ごし、常に敵を殲滅する事だけを考え続けていたローデヴェイクには、誰も襲ってこないこの状況は逆に不安定しかもたらさないだろう。
「本当は国を出る前に限界がくるかと思っていたんだがな」
「しるか」
ローデヴェイクはそう言い、おそるおそるマルハレータの腰に両腕をまわす。それからマルハレータのシャツの襟元に鼻先をうずめ、ゆっくりと息を吸い、深く吐き出す。
互いにそのままの姿勢で動かず、しばらくたってローデヴェイクがつぶやくように言った。
「アンタは手の届かないモンだった」
「ああ」
「王族以外は長時間会う事だって許されねぇ、声を聞く事も、触れる事も」
「そうだったな」
「アンタが汚されるのは我慢ならねえ」
「オマエ、おれの婚約者を勝手に殺して、血まみれでその首持ってきた時も、そんなこと言ってたな」
「あの男はロリペドの下衆野郎だ。まだ小さかったアンタの写真を舌で舐めていやがった」
「そうか、それは当然の報いだな」
それがどんな男だったのかまるで思い出せず、マルハレータはぼんやりとローデヴェイクの髪を触り続けた。
「今になって、すべての男達がアンタを見て、会話して、勝手に触りやがる。それが俺様をいらだたせる」
「そうか。なら我慢しろ」
マルハレータは男の硬質の髪を指に巻きつけて遊びながら言った。
「かなりキツいんだぞ」
「警戒するならしたいだけしてろ。不安になればこうやってオマエのそばにいてやる」
ささやくようにマルハレータは言った。
「それでも耐えきれなくなったら、おれが受け止めてやる。全部おれにぶつけてこい」
オマエが焦がれていたものは、今はオマエの両腕の中にいるんだぞ。
「己を癒せ、そして前へ進め、ローデヴェイク」
ローデヴェイクはマルハレータを抱えたまま動かずに何も答えなかったが、時折強く抱きしめて深く呼吸して、その存在が本物である事を何度も確かめているようだった。
「アンタ、前とは随分違うな」
「…あの女王サマの影響だろうな。朝はのんきに土いじり、昼はお茶の時間ときていやがる」
眉間に皺をよせながらマルハレータはぶっきらぼうに言った。
「まあ、あれだ。オマエはおれの勝手で蘇らせたんだ。おれに飽きたらさっさと好きな所へいくといい。オマエはもう自由だ」
「俺様の自由はアンタの隣だ」
マルハレータは自分を見上げてくるローデヴェイクを見つめかえした。
ローデヴェイクがマルハレータの体をより深く抱きしめようと動いた時、宿屋の一階が酷く騒しくなった。