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血霧と狂狼  作者: やまく
29/32

29 石牢

 

 

 


 夢も見ること無く浮上するようにマルハレータは目覚めた。

 仰向けの状態でどこかに寝かせられている状態だった。

 視線を巡らせると薄暗い部屋の中だった。壁は人間ほどの大きさのある石を積み上げ隙間を砂利を練った適当な目地で埋めたもので、えらく粗末な作りだとマルハレータは思った。指でつつけば簡単に崩れそうだ。

 淀んだ空気の中に動きを感じ、見あげると鉄格子のはまった高窓が見えた。窓のある壁とは反対側には壁が無く全面鉄格子となって部屋の隅々まで見られるようになっている。マルハレータがいるのは牢屋のようだ。見張りもいるようでそう離れていない場所に人の気配がする。

 マルハレータは今度はそっと首だけ持ち上げ、自分の身体を確認する。身体には暴力を受けた様子は無く、服も意識を失う前と同じで、怪我の痕跡のシャツに空いた穴と血痕が目立つくらいだった。部屋の中心に置かれた木製の寝台の上に寝かせられているようで、背中には硬い板の感触がある。両手首は拘束され足にも何か取り付けられている。床かどこかに繋がれているのだろうか?


 今度は目を閉じ身体の内側に意識を向ける。

 身体に受けた傷は塞がっているようだが体内の命脈が枯渇気味で、身体が重い。

 下手に動いて体力を無駄に浪費するのは避けたいので、マルハレータそのまま横になった状態で思考を整理することにした。


「起きたね」

 突然声が聞こえた。国元の創造主の声ではない、別の声だ。

 近くにまったく気配を感じなかったのでマルハレータは驚き、目を開けてあたりを見回す。

 すると部屋の隅、影に隠れるような位置に人らしき者が立っていた。腕を組んで立ち、こちらを見つめている。

「やっと目が覚めた」

 聞こえてくるのは小さな声。あの位置から発しているのに、まるで耳元でささやかれるようによく聞こえる。

「これ以上目が覚めないと報告が必要になるところだった。きみは三日ほど寝ていた。やはり命脈の回復に時間がかかっただけのようだな」

 三日? そんなに長時間意識を失うほど身体が損傷していたのか?

「この部屋の壁は外界の気脈を遮断する。窓から流れ込む僅かな気脈を吸収してここまで回復した」

 予想以上の時間の経過に驚き、とっさにマルハレータの脳裏に浮かんだのはあの男のことを置いて来た事だった。

 崖から突き落としはしたがしっかり生き延びているだろう。だが何かしでかしている可能性が高い。

 あの後、創造主から軽く様子を聞いたがそのまま放置した状態だ、おそらくだいぶ荒れているだろう。

 さみしい思いはしていないだろうか?

 ふとそう思った。

 そしてそれはそのまま自分にも当てはまる事だと思いあたる。

 かつて死んだ自分が再生され、それを受け入れた後、なんとなくあの男が傍にいない事がつまらなく思った。だからあいつの再生も頼んだのだ。

 勝手に生きてくれていればそれでもいい。だがまたいなくなってしまっては、さみしい。


 マルハレータは拘束を解こうと法術を使おうとしたが拘束具に何か仕掛けがしてあるらしく、うまく発動出来なかった。

「部屋に結界が敷いてあるから法術は無理だ」

 影に隠れた存在が言った。

「お前は何だ? 精霊か?」

 影の中から動かない相手に対しマルハレータは尋ねる。

「正解」

「おれに何の用だ」

 精霊は一歩前に出た。まっすぐ切りそろえられた赤茶色の髪はやや目元にかかり、中性的な風貌で、細身ながら男性とわかる体格に赤い服をまとっている。外見はどこにでもいそうな青年だったが、よく見ると生気の薄い目をしている。

 精霊の口は弧を描き、人差し指を己の口元にあてる。

「今、法術を使おうとしたのできみが目覚めたことが伝わった。人が来る」

 そう言うと得体の知れない精霊は影に溶けこむように消え去る。

 そして代わりに鉄格子の向こうから人の気配が複数近づいてくるのを感じとった。


 マルハレータはゆっくりと起き上がると膝を抱えるようにして木の寝台に座り来客を待った。

「ほう、銀色か。こりゃ美しい精霊だ」

 現れた男達はマルハレータの姿を見て驚きの表情を見せ、中には感嘆のため息を漏らす者もいた。

 どうも精霊に間違われているらしい。マルハレータは彼らを見つめたまま無言を貫く。

 先頭に立っていた男が身に着けていた腕輪を操作し何かの術を起動させる気配がした。

『そこにいる見知らぬ精霊よ、お前はどこの所属だ?』

 問いかける声には金属音がからんだような響きが混じっている。その歪な音に不快に思うが顔には出さない。そして無言。

「精霊術が効かないのか?」

 話しかけてきた男は何やら焦りをみせる。先ほどの声は精霊術だったようだ。

「一等級ではないのか? まさか、特級か?」

「まだ不明です。特定に時間がかかりそうなので研究班に回すことになります」

 そう言ったのはなんと先ほどの精霊だった。何故か人間達に混じって鉄格子の向こう側に立っており、一緒になってこちらを見ている。そういえば彼らの服は皆同じ赤色だった。何かの組織の制服のようだ。

「精霊が本当に反乱組織に紛れていたというのか?」

「そうなりますね」

 精霊ならお前らのすぐ横にいるじゃねえか

 そう言いたくなったが、しばらく様子をみるためと、身体がだるいのでマルハレータはただ黙って男達を観察していた。


「ベクター、研究班に回すまでにできるだけ解析を済ませておけ。可能ならここで加工して使えるようにしたい」

「わかりました」

 中年の男の言葉に、ベクターと呼ばれた精霊は表情一つ変えず手元のボードに筆記用具で何やら書きつけている。

「見事な容姿だ。外見は変えず、なるべく中を加工するだけにしたいな」

「そのように伝えておきます」

 精霊はやはり素知らぬ顔で返事をした。


なんか精霊が増えました。

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