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血霧と狂狼  作者: やまく
28/32

28 山

 

 

 


 マルハレータは木々の間で身を潜めていた。

 まずい状況だった。


 とっさにローデヴェイクを突き飛ばした。

 そしてそれをした自分自身に動揺した。その隙をつかれて体に数本の剣を受けた。勢いで倒れ、血が流れる。拘束しようと兵士達が近寄ってくるが、意識ははっきりしていたためとっさに法術で突風を起こしその場から逃走した。

 崖下に突き落としてしまったローデヴェイクが戻ってくるには時間がかかるだろう。突き落とした側だが、彼は自分でなんとか対処するだろうという確信がマルハレータにはあった。

 ひとまず自分の身を守るため、崖から移動し目についた森林地帯へと飛び込む。そのまま奥へ奥へと移動するが、そう距離を移動しないうちに身体に力が入らなくなった。


 マルハレータは痛みに対する耐性がかなりあり、たとえ手足が動かなくなったとしても法術で無理矢理動かすことだってできる。なので影霊となった身で血が流れた事には驚いたがただの怪我だと気にせず動いていた。しかし時間が経たないうちに血の流れは止まり、代わり傷口からなにか違う透明なもやのようなものが流れ出してくると、マルハレータの法術の力は弱まり、うまく制御ができなくなった。

「流れ出ているのは、おれの命脈だろうな」

 木に寄りかかりながら片手を持ち上げ、握りこんでみるとあまり力が入らない。だんだんと手足の感覚が鈍くなっているのも分かる。法術は自分の命脈で外部の気脈に干渉するため、マルハレータの命脈がだいぶ減ってしまっているのだろう。

 傷口は深く、回復するにしても時間がかかりそうだった。だからといってここでじっとしている状況ではない。

 なけなしの力で周囲に探知の法術を広げると、そう遠くないあたりに人間の集団が確認できた。追っ手の可能性が高い。

 マルハレータは腰の鞄を外し木の上に放り投げた。万一意識のない状態で拘束された場合を考えて、身元が判明するようなものを身につけておく訳にはいかない。


 出力を下げた法術で風をまとい、さらに森の奥、遠方に山の見える方角へ向かって移動する。

 いくつもの傷のある状態で無理に動いたためか身体から流れ出る命脈の量が増え、身体の重みが増していく。ある程度移動した所で流石にきつくなり、岩場に隠れるように身をかがめてしゃがみ込む。


 なんとか動く思考でマルハレータは現状を整理し、唯一の助けになりそうな相手に連絡を取ることにした。

「おい……女王……」


『あら、なあにマルハレータ。元気にしてる?』

 頭の内部、そのさらに奥に向かって呼びかけると、国元にいる女王の声が頭に響いてきた。相変わらずの脳天気そうな声に思わず気がゆるみ、傷からまた命脈が流れ出る。

『あなたから連絡が来るのって珍しいわね、どうかしたの?』

「その……少々怪我をしたんだが、手っ取り早い治療法はないか」

『怪我をしたの!? 大丈夫なの? 痛みはある? 苦しくない?』

「あ、ああ。今のところは平気だ。血も止まった」

 向こうの慌てた声にマルハレータの方が驚いてしまった。

 いきなり苦痛があるかを尋ねられたのは初めてだった。この場合、状況の優劣や詳しい状況を尋ねるのが先なのでは?

『マルハレータ、ちょっと待ってて! べウォルクトはいないの? レーヘンでもいいわ! 来てちょうだい、マルハレータが怪我をしたの! 血が出たって! 影霊の治療法で一番良い方法を教えて!』

 騒がしい声が一時とぎれ、マルハレータは返事を待ちながらぼんやりと岩の隙間から生えている草を眺めた。細い茎の先に小さな白いつぼみが付いており、もうすぐ花が咲くようだった。

 この植物はどのくらい前からここで世代交代をくりかえしてきたのだろうか。それにしても、どうしてこんな場所で咲いたりするのだろうか。そんなことを働きの鈍った頭で考えていた。



 しばらくして女王から返答が返ってきた。

『マルハレータ、意識はしっかりしてる?』

「ああ。少し眠いが、ものを考える事はできている」

『影霊の身体にできた傷口は普通に包帯を巻いて塞ぐ訳にはいかないみたい。でも安心して。気脈を吸収すれば傷も身体の不調も治るそうよ。ただ、回復を急ぐならかなり集中力がいるって。要するに頑張れば早く治るみたい』

 ここにきてまさかの根性論に思わず笑いが漏れた。精霊の話を必死に伝えようとしてくれているのはわかるが、説明が大雑把すぎやしないか。

『気脈の量もけっこう必要になるらしいんだけど……今べウォルクトがあなたのいる位置を確認したわ。もし動けるようだったら少し東、あなたからだと高い山が見える方向ね。そちらに行くと小川があるの。その辺りはほかの場所より気脈が強いらしいから、そこに行くといいわ』

「わかった」

『ねえローデヴェイクは無事なの? あなた達、いま離れた場所にいるみたいだけど』

「多分あいつは無傷だ。わけあって別行動している」

『そう……あなたを探しまわっているみたいよ? なんだかすごく慌てているみたい。話しかけるなって怒られちゃったんだけど』

 そういえば同じ創造主を持った影霊。女王からだとあっちとも連絡がつくのだと、マルハレータは今になって思い出した。

「あー、まあそれは放っておいて構わない。こっちはこっちでなんとかする。そう伝えておいてくれ。じゃあな」

 自分がいなくなったせいで大いに荒れているであろう男のことは気になるが、今は何もしてやれない。

『そう、わかったわ。なんだか大変そうだからあまり深く聞かないけれど、気をつけてね』

「ああ」

 会話を終えてマルハレータは周囲を眺めた。右手の方角に深く濃い青色の険しい山々が見えた。蒼穹山脈の一部だろうか。山頂は雪が積もっているようで白く染まっている。


 マルハレータは行くべき方角を確認するとゆっくりと立ち上がり、慎重に歩き出した。

 

 ひと通り森の中を歩いた先でようやく小川を見つけると、川辺の柔らかそうな草地に膝を立てて座り、ぼんやりとしてきた意識を体の内側に集中させる。自然と自分の身体がどんどん周囲の気脈を吸収しているのを感じた。種類を選ばず気脈を吸収しているせいか、周囲の花や木々が心なしかくすんだ色になり陰っていく。

「このままだとこいつら枯れちまうのかな」

 思わずそうつぶやく。

 草がしおれ、傍らの花がしぼみ、重そうに首を垂れたあたりでマルハレータは立ち上がった。


 ふらつきながらゆっくりと傾斜した地面を歩いていると、森の奥に角の生えた生き物がいた。

「鹿……といったっけか? あの生き物」

 生き物の傍には半分ほどの大きさでよく似た姿の角の無い生き物がいた。親子なのか、違う種類の生き物なのか、そういった知識の少ないマルハレータにはわからなかった。彼らはじっとこちらを見ている。


「いたぞ!」

 するどい人間の声が聞こえ、動物たちは驚いて森の奥へ逃げていった。

 マルハレータはなぜだかそれを残念に感じ、ずっと森の奥を見つめていたが、気が付けば甲冑を着た人間たちにとり囲まれていた。

「あれだけの傷で、なぜ歩ける」

「個人的事情だ」

 人に向かって喋るだけで体の重みが増し、疲労感が強くなる。両手を握ってみるが、やはりあまり力が入らない。まだ回復はしていないようだった。

「なぜ逃げなかった」

「逃げたさ。逃げて、あんたらが追いついた」

 途中で力尽きたためかマルハレータの移動距離はそこまでなかったらしい。


 マルハレータはざっと視線を巡らせ取り囲む兵士達の人数と武装を確認した。

 残った力だけでも今ここで全員を殺す程度のことはできるだろう。兵士たちは甲冑を身につけているが、ただの金属をつなぎあわせた物にささやかな防御の法術を付加したものだ。かつての特殊兵装のようなものではない。だがここで暴れると命脈が再び流れだし、まったく動けなくなる可能性がある。


「おれは怪我でもう何もできない。捕らえたいならそうすればいい」

 いっそこいつらの所にいた方があいつも追いつきやすいだろう。

 その考えに行き着くと、両手をあげ、何もしないと意思表示した。


「連れていけ」

 両腕を背中で固定されて馬車に放りこまれると、マルハレータは体力温存のため目を閉じた。


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