26 異物
「将軍、援軍も来ますから先へ行ってください!」
「ああくそ、しかたねぇか」
くやしそうにしながらも紅濫は部下の案内する車両へ移動する。
「この場はお流れだ。じゃあな銀髪共! 捕まったら直々に処刑してやるからな!」
赤麗国軍と遊んでいた二人だが、紅濫が離脱しその他との戦闘で車両を一つ破壊した所で増援が増えてきた。
「こっちもそろそろ離脱したほうがいいぞ」
ローデヴェイクがそう提言し、マルハレータが頷く。
「とりあえず外に出るか」
逃げたのか捕まったのか、イェルマークは見当たらないが、他の何人かはまだ車両周辺で戦闘中のようだ。
マルハレータは思うことがあっていまだ小競り合っている軍とイェルマークの仲間達に法術で解析をかける。
一つ見慣れない仕組みのものがあった。術をまとわせさらに解析したところ、知っている存在の感覚があった。
「なんで精霊の反応が出るんだ?」
結果に眉をひそめる。見たところ精霊がいる様子はない。そして精霊自体は人間の戦闘に混ざるような存在ではない。
「あいつらの荷物ってのが精霊なのか? なんでアイツらが商品になるんだ? おい、戻るぞ!」
軍もイェルマーク達も関係なく近づく相手を叩きのめしながらマルハレータがローデヴェイクに怒鳴る。
「戻るってどこへだ!」
ローデヴェイクが怒鳴り返す。
「丘のところだ!」
乱戦状態の集団から離れ、マルハレータは右腕を地面に向け大きく振る。
豪風があたりを包み地面がえぐれて一面に土埃が舞い、その場にいた者全員の視界を阻害した。
元の丘の上にたどり着くと、マルハレータは荷車の上に残っている荷物を片っ端からひっくり返し、無数の風の刃で箱を破壊していく。
出てきたのは一見すると法術の道具らしきものや、武器などだった。
「離れてろ」
背後のローデヴェイクにそう告げるとマルハレータは地面に散らばったそれらをさらに細切れにする。多少頑丈だったので攻撃出力をあげ、荷車や周囲の岩もまとめて粉々にしながら分解していく。
「なんだ……これは」
最終的に現れたのは“知っている存在”の“知らない姿”だった。
「どこのどいつだ、こんなもん作った奴は」
「一体何だ?」
地面に広がったものはペースト状の物体だった。法術に詳しくないローデヴェイクでは詳しく解析できないが、何かおかしい気配を感じ取り警戒する姿勢を見せる。
「触るなよ。おれたちの身体と融合しちまうかもしれんからな」
「どういうことだ?」
「あれは精霊をすりつぶしてペーストにしたようなものだ。精霊自身が形状を変化させたもんじゃない。無理矢理潰されているから、触れるとどんな反応をしめすかわからん」
あからさまに顔をしかめながらマルハレータが言った。
「見たな」
茂みの奥から声がし、マルハレータが風の刃であたりを切り裂くと、地面に倒れた状態の男がいた。背中と足をやられたらしくうつ伏せの姿勢で顔だけマルハレータ達を向いている。
「ああ、見た」
マルハレータは静かにそう言うと男に向かって歩いて行く。
「お前らの商品ってのは精霊を材料にしたものだったのか」
「……そうだ」
「これだけ反発する反応が来るってことは、この“材料”、納得してないまま潰したろ」
マルハレータが示す先のペーストは地面と接する部分から煙を出している。発熱しているのか、その逆なのかはわからない。
「精霊なんざそこらじゅうにいる。使って何が悪い。野山の猪や兎と何が違うんだ」
「そんな認識なのか」
マルハレータは男の返事に純粋にいらだちを覚えた。
彼女にはまだ精霊が存在し始めた頃の記憶がある。その頃からこれまでずっと変わらず精霊が働き続けてきたのなら、精霊の存在に手を出することはこの星そのものに影響を及ぼす程に危険なことだ。
マルハレータは倒れた男の頭に足を乗せ、「喋らないと踏み潰す」と無言の脅しをかけながら口を開く。
「お前らの“商品”を作ったってのはどこのどいつだ?」
男は答えない。踵に力をこめ、頭蓋骨にひびが入る音がし男が絶叫する。
「もう一度尋ねる。商品は誰が作った?」
やはり返事はない。マルハレータは今度は無言で指先を振って男の頭に触れる。
「ちっ」
しばらく経った後、不機嫌そうに舌打ちするとマルハレータは男の頭から足を外す。
「本当に知らないのか」
「追っ手がそろそろ追いつくぞ」
あたり一帯に意識を向けていたローデヴェイクがマルハレータに声をかける。
「……追いつかれる前にここを離れるか。少し待て」
マルハレータはそう言うと蒸気を発しているペーストへ向け手をかざす。ペーストを風で包み、さらに細切れにするようにして強制的に分解する。肉眼では確認できないほどにバラバラにしてしまうと空気の層で包む。
「これ以上おれでは処理できないからな」
そうつぶやいてかざしていた両腕を一気に上へ振り上げる。すると空気の層で包まれたソレは飛び上がり、空の彼方へ消え去った。
「空のヤツらが拾うといいんだが……いいぞ。追っ手を振り切るか」
「ああ。こっちへ向かうぞ」
既にローデヴェイクが目星をつけていた方向へ向かって二人は走りだした。