25 列車襲撃
「我慢は辞めだ」
そうつぶやくとマルハレータは集団の隅で目立たないように軍兵を適当に蹴散らしているローデヴェイクの傍に戻る。
「おいローデヴェイク、先に国元からの方針を伝えておく。『正当防衛以外での殺人は無し』だ。つーか、殺すなよ」
小声で国元の創造主に事前に確認しておいた内容を伝える。
「了解した」
「まぁ妥当な意見だ。この時代の人間一人の命がどこまで重いのかわからんが、殺してしまうとこの国と国交が発生した場合、おれ達の動きが表に出たら問題が発生する可能性が高い。そうなると面倒だ。だがまあ……」
「なんだ」
「原因不明の事故なら仕方ないがな」
これまでの行為でもすでに死人が出ていてもおかしくないものがいくつかある。
「そうだな」
ローデヴェイクは同意した。
「鉄道の方へ向かうぞ」
そう告げるとマルハレータはローデヴェイクの返事を待たず法術を起動し、身体に風をまとって一気に跳躍した。
◇
赤麗国軍は列車襲撃の情報を事前に掴んでおり、二つの理由から一般車両に偽装した軍専用の車両を走らせていた。
一つ目の理由は襲撃の囮。もうひとつの理由は数名の軍人が青嶺国方面に向かう用事があるため。
「おい、とっとと制圧するぞ」
赤麗国軍の司令官向け特別車両の座席に行儀悪く座りながら、苛立たしげに指示を出しているのは赤麗国軍の制服を着た背の高い男だった。乱れた赤い髪で目元は見えないが、この襲撃に機嫌をそこねているのは態度で分かる。
「あらかた始末したら将軍の車両だけ切り離して先行させましょうか。紅濫将軍が大会に遅れるとわが軍が笑われます」
側に立つ部下の男がそう提案する。
「そこまで急ぐ必要はない。最悪で試合直前までに間に合えばいい。俺の機嫌が悪いのはな、外で暴れられんからだ。襲撃の具合はどうなってるんだ?」
紅濫将軍は机の上に広げられた地図をこつこつと叩きながら部下に尋ねる。
「まだ序盤です。配置しておいた部隊が順調に制圧しているようですが取りこぼしがこちらまで向かってきまして、外で軽い交戦中です」
「そうか……なんだ?」
遠くから聞こえてくる剣戟と叫び声に変化があり、紅濫が真剣な表情になり耳をそばだてる。
人間のざわめきの他に大地の唸り声のようなものが混じり、それがだんだんと大きくなり、こちらへ近づいている。
「なにか来てるな」
紅濫が立ち上がりつぶやいた瞬間、車両の天井に穴が空き突風とともに人が降り立った。
◇
「襲撃組の一人か?」
「違う。気に食わないから、全部ぶっ壊しに来てやっただけさ」
「紅濫将軍!」
マルハレータは先に紅濫の隣にいた部下の男を蹴り飛ばす。
「将軍か。なかなか偉い身分の奴が指揮してるんだな」
「盗賊退治はもののついでだ。俺達は急いでるんでな、何でもいいからとっとと捕まってくれないか」
そう言いつつ紅濫は傍らに置いていた剣を持ち上げ、鞘から抜き放つ。
「それは済まない。だが捕まるわけにはいかない」
そう答えるとマルハレータは風を展開し前方の紅濫に対して牽制し、続いて素早く車両内部を観察する。
「ん? 初めて見る造りだな」
左手を上げ人差し指を曲げると車両の壁に飾られていた大ぶりの剣がマルハレータの手中に収まる。
「剣に法術の守りがかけてあるのか」
「野郎! それは俺んだぞ!」
紅濫が激高し切りかかってくる。
「野郎じゃねえよ!」
マルハレータは思わず持っていた大剣を掲げ受け止めるが、慣れていないため衝撃を受けただけで両腕が痛むほどにしびれる。
「っつう、こういうのはおれの専門じゃないな」
「おい、車内に先行するなら先に言え!」
腕をかばいつつ風で紅濫を抑えているところにローデヴェイクが怒鳴りながら車両の天井に空いた穴から飛び降りてくる。
「お前は追いかけてくるから別にいいだろ!」
そう怒鳴り返し紅濫の剣から身をかわすとマルハレータは持っていた大剣をローデヴェイクの元へ放り投げる。
受け取った方はそのままの流れで別方向からきていた紅濫の部下達の剣を受ける。こちらはすぐに落ち着いた剣さばきと体術で次々と兵士を行動不能にしていく。
その間にマルハレータは紅濫の一撃をグローブをはめた手で掴み受け、刃全体を高速振動させ粉々に破壊した。
「てめっ、何しやがる!」
「これがおれのやり方なんでな」
手から粉状になった剣の破片を払い落としながらマルハレータは薄く笑った。
「強力な法術を使うな……本当に盗賊じゃないのか?」
紅濫が使い物にならなくなった得物を捨て、壁から新たに剣を抜き、より警戒した構えをとる。
「あとはお前が相手しろ」
マルハレータはそう言うと数歩下がりローデヴェイクを前に出す。赤い髪の将校らしき大男は腕力だけでなく武人として相当腕が立つと判断しため、後方から法術での攻撃位置に落ち着いた。
紅濫とローデヴェイクが撃ちあうと、剣と剣が相殺され砕けた。
「おいおい、今まで本気の俺と真っ向から切りあって負け無かった奴は初めてだぞ」
先程まで腹を立てていた紅濫はうって変わってぼさぼさの前髪の下から嬉しそうにニヤリと笑みを浮かべる。
「得物は負けたみたいだがな」
ローデヴェイクの方は笑うこと無く、床に転がっていた別の剣を足で拾いあげて手に持ちかえ紅濫の胴体めがけて鋭く突き出す。肉をえぐる寸前、紅濫は服を裂く程度で逃げると壁に掛けられていた槍を掴んで穂先の覆いを払い抜き、素早く構えて突きかかってきた。
ローデヴェイクは一瞬受け止めるか迷うが、何が仕掛けられているかわからないため寸でのところで避ける。自分と同程度の体格と腕力を持っている上に視線の動きが見えない相手。さらに狭い車両内での扱い慣れない武器での近接戦。そこまで余裕がある状況とはいえない。
「くくっ、よくやる奴だ」
ローデヴェイクがどの攻撃の手もしのいでいくのが面白いらしく、紅濫は笑みを浮かべたままさらに攻撃の手を早める。
「おい、てめえの得物は使わないのか。お前の背中のは飾りか?」
ローデヴェイクの背中の黒いケースに目を留め、紅濫が言う。
「コイツは休眠中だ」
またしてもローデヴェイクの持っていた得物が粉々になってしまい、その隙に紅濫が一撃を入れようとする。
「ほらよ」
だが入れ替わるようにマルハレータが投げた別の剣がローデヴェイクの手元にきたため素早く受け止められてしまった。
「面白い奴らだ」
紅濫は笑いながら切りかかった。