23 ふたたび出発
「大体見れるもんは見たな」
軽く伸びをしながら空を見上げ、マルハレータはつぶやいた。
ローデヴェイクはその背中を見つめる。
燃料不明の発電装置、怪我人と遺体の行方、そしてこの砦に集まった者達の正体など、謎は残っている。そのうち怪我人と遺体は砦の建物の一部が結界で外から探知できないようになっており、おそらくそこに運ばれたのだと見当はついた。マルハレータは性格上、こっそりと結界を抜けて中を調べるくらいなら結界ごとすべて破壊しようと考えるため、それ以上踏み込むのはやめた。
「おれ達で隠しているものを下手に暴くと騒動になっちまうな」
彼女達の本来の目的は各国のありのままの様子を知ることであり、裏側に深く首を突っ込み騒動を起こす必要はない。
そしてローデヴェイクもマルハレータの考えに反対せずに従う。
「そろそろここを離れるか」
そう言いつつマルハレータはローミングパッドで地図を呼び出し、ざっと立地を確認する。
「この国の首都も気になるが、方向が違うな。用事もあることだ次の国を目指す」
「わかった」
二人でこれからの移動経路などを話し合っていると、イェルマークが近づいてきた。
「お前ら、もうひと働きしないか?」
「残念だがおれ達はこれから青嶺国方面へ向かう。元からその予定だったんでな」
青嶺国の先には白箔国がある。
「ではそちらに運ぶ荷物の護衛を依頼したい。今回は報酬も出す」
砦からまたどこかへ荷物を運ぶらしい。さらに言えばマルハレータ達と早々に縁を切るつもりもないらしい。
断る理由はないので二人は護衛を引き受けることにした。
「荷物はどこに運ぶんだ」
「ここだ」
マルハレータが尋ねると、イェルマークがかさつく紙に書かれた地図を差し出してくる。覗きこむと手書きで地形図が描かれており、合流地点は青嶺国との国境にほど近い街の、やや外れの丘らしい。
「あとの詳しい説明はこの男がする」
そう言い、イェルマークの傍らに立っていた男が前に出てくる。
必要な食料や水などの手配や日数について。それに護衛の契約料金について話をまとめたのはローデヴェイクだった。
野宿主体の行軍についてマルハレータは詳しくないので横で聞いているだけだ。
「3分の1は契約料として前払いで、後は到着後の支払いでいいか? それと必要な物があれば言ってくれ」
「ああ、料金はそれで構わない。食料は携帯食料を少々と、あと水は欲しい。それと予想される外敵は大体何なんだ?」
「盗賊と野獣だな。それに何箇所か悪路を行くんでそん時は法術で補助を願いたい」
ローデヴェイクはちらりとマルハレータの方を見る。問われている内容にマルハレータは頷いて肯定を示した。
「随分と急ぐの旅のようだな」
「ああ、今回の荷物は遅れるわけには行かないんでね。だが荷物は絶対に守ってくれよ」
「わかった」
「あんた達、急げば大空騎士団の大会に間に合うかもしれんぞ」
護衛日程の詳しい説明の最後に男が言った。
「大会? 大空騎士団というのはなんだ?」
「ああ。この辺りにはあの集団の屯所がないからあんた達は知らないのか」
マルハレータの問いに納得しつつ、男は説明する。
「大空騎士団は大陸一の独立騎士団だ。いくつかの国が共同出資したからそれなりの権力を持っている。ここから南西に向かったところに赤麗国と隣の青嶺国に挟まれた都市一つがあってな、そこが丸々あいつらの拠点なんだ。そこでもうじき大空騎士団主催の協闘大会というのが開かれる。観客も多いから祭りみたいになるぞ。それに、一般枠なら金さえ支払えば誰でも参加できるんだ」
「へぇ」
「もし間に合えば参加してみたらどうだ? あんた達かなり腕がたつらしいじゃないか」
マルハレータはちらりとローデヴェイクと目を合わせた。
「そうだな、考えておく」
出立の準備を整え、護衛対象を確認するとこれまた中身が不明の箱を乗せた荷車だった。一つ一つが金属で出来ており、留め具も二重になっている。
「今回のはかなり厳重に密閉されているな。結界までしかけてある。そんなに貴重なものなのか? この砦にそんなものがある気配はなかったが」
「運ぶ奴らもだいぶ様子が違うな」
青嶺国の国境近くに向かうためなのか、前回とは違い全員がしっかりと武装しており、帯剣しているだけでなく胸当てや手甲などを身に着けている。漂う空気も緊張感を含んでいる。
「あっちの方もかなりの装備だな」
マルハレータが視線を投げる先にはまた別の一団がいた。こちらも厳重な装備に身を包み、準備と挨拶を終えると砦の別の出口へ向かっていく。
「行き先は真逆の方角のようだな。こちらの集団よりも数倍規模が大きいみたいだが」
彼らを観察していたローデヴェイクがつぶやくように言う。
「……あっちになんの用事があるんだ?」
頭のなかで周辺一帯の地図を思い描き、マルハレータは思わずつぶやいた。彼らの向かう先には山々と、その向こうには海が広がっており、途中大きな都市は存在しない。
「さあな。ここの奴らのことだ。聞いても教えちゃくれねぇだろう」
ローデヴェイクが荷物を手際よくまとめ、一つをマルハレータに渡す。
「ほらよ。あんたの分だ」
「ああ……おれの荷物は水だけか?」
「他に何か必要なら言ってくれ」
「……おれはもう上官じゃないぞ」
「俺様がやりたいからやってるだけだ。何があるかわからないんだ。あんたは身軽でいてくれ」
「……わかった」
マルハレータはやや不満気にそう言うと水の入った革袋を掴み、腰の鞄に乱暴に括りつけた。
一団の準備が整うとマルハレータ達が護衛する一団は砦を出発した。今回の荷車は馬が運ぶようで、武装した面々は何組かに分かれてその周囲を守るようにして歩く。先頭はイェルマークが率いる一団のようだ。
今度もマルハレータ達は最後尾を歩くことになった。とはいっても二人だけではなく他にも何人かが一緒に行動し、荷車を囲むようにして移動する。
「あの蒼穹山脈から向こうが青嶺国領だ」
大空騎士団について説明してくれた男が、遠くに小さく見える青い山が連なる一帯を指さす。今はまだ小さく見えるが、それでも肉食獣の牙が連なったような山々の山頂は雲に覆われ、かなり険しい事がわかる。
「あの辺りは大陸一、二を争うの高さの山ばかりでな、天まで届くような高さだから空が溶け落ちてあんな色になったとも言われている。あそこを突っ切るのが青嶺国領に入る一番の近道だが、山越えが険しすぎるんで青嶺国に用のある奴らは皆南へ迂回するんだ」
「妥当な判断だろうな」
蒼穹山脈の険しさを目視し、ローデヴェイクが背中の荷物を軽々と担ぎ直しながら言った。
「なんでも青嶺国の名前はあの山脈が由来なんだそうだ」
「確かに、どこまでも青い色をしているな」
マルハレータが目を凝らしてよく見ても、山脈からは青以外の色が見つからなかった。