22 兵器
空に響き渡る音を立て、遠方の山肌から岩壁が露出する。
「……こんなもんだろ」
朝にあるまじき騒音に驚き飛び立った鳥の群れが戸惑いつつも別の場所へ移動していくのを眺め、マルハレータは言った。
頑丈に施錠され、複雑に梱包されていた兵器は当時のやりかたで施錠されていたため、“解錠”の法術でマルハレータがやすやすと開け、中身はローデヴェイクが組み立てイェルマーク達の前でいくつか試し打ちをしてみせた。
「見た目の割に威力はそこそこだな」
破壊された跡を見てイェルマークが言う。
「まあそう考えるだろうな。法術なら岩の内部から崩壊できる上に、そっちの方が効率が良い」
金属の塊はそれ目的のためにしか使えず、運ぶのも面倒。この時代では法術が使える者がいさえすればいい話だ。質の良い法術士の数が多い状況であればの話だが。
「……精霊をおびき寄せるのに使えるか?」
イェルマークが仲間に小声で話すのをマルハレータは素知らぬ顔で聞き流す。
「そっちの箱は何が入っているんだ」
「これは開けられない。これ自体が爆発するからな。まあ、仕組みを起動できればの話だが」
腕を組み、金属製の表面で筒状のそれを片足のかかとでゆらゆらと傾かせながらマルハレータが言う。
「どれくらいの威力がある」
「そうだな……この砦にいる奴らは蒸発。あとは辺り一帯、目に見える範囲のものはすべて一瞬で吹っ飛ぶだろうな」
説明を聞いて周りの人間が顔色を変えるのをマルハレータは眺め、腕組みをほどいて両腕を軽く広げてみせた。
「だがこいつは使いものにならない。組み込まれている起爆装置は霊素がある場所だと動かないからな」
実際、マルハレータは先ほどこっそり内部に起爆信号を送ってみたが、その瞬間、霊素が一気に現れ内部の機能を止めてしまったため爆発まで至らなかった。
「……霊素が作用するのか?」
「ああ。ある時期までに作られたものは大体そうだ。起爆するのを霊素が邪魔する」
実をいうと霊素を作用させない方法はある。結界で本体か、起爆回路を囲って霊素の侵入を防げばいい。だがそこまで高密度の結界を小規模で展開するのは理論上は可能でもマルハレータにはできない。あとは特級あたりの上位の精霊に霊素を排除させる方法もあったが、こちらも話の上ではできそうだが実際に精霊が人間の言うことを聞くかは別だ。
「霊素に関係なく動く種類のものはあるのか?」
「おれもそこまで詳しくはないが、あるにはあるだろ。ここにあるものは造られた年号もばらばらだしな」
イェルマーク達が集めたものにはマルハレータが知っている年号らしきものが書かれたものと、知らない年号のもの、そして年号すらないものがあった。年号のないものはおそらく比較的新しいものだろう。記載するほど余裕が無い時代だったのか、年号を知らせる存在自体が消え去ったのかは不明だが。
「しかしあんたら熱心だな。こんなもの集めて、戦争にでも使うのか?」
かつて数万規模の人間の命を一瞬で奪ったものと同じ種類のものを踏みつけ、ヒールで転がして遊びながらマルハレータは問いかける。
使い方を研究する理由として思いつくのは既存の力に対抗するもの。だがかつて主力兵器だったものが廃れたのにはそれなりの理由がある。
「言っておくがこれだけでは法術に勝てない。たとえばそこの銃火器は金属の弾丸を高速で撃ち出す簡単な仕組みのものだが、仕組みを理解すれば法術で防ぐことができる。この時点で効かない。同じ理由で結界にも阻まれるから、結界が使える奴がいれば一般人相手でも攻撃できない」
当時は法術士は数が少なかった。法術士1人が数千人規模の軍と同価値といえる程に力のバランスを崩す存在だった。
国元の精霊が言っていた言葉を思い出す。
国々が滅び人々の世界は荒廃し、そして長い時間をかけながら復興していく中でかつての技術は忘れられ法術が一般化していったという。
だが霊素の反応やこれまで遭遇してきた妖精といわれる存在の言動からして、むしろ意図的に排除され隠されていったと考えてもいいかもしれないが、マルハレータはそこまで歴史の裏側に踏み込むつもりはない。今の世の、あるがままを知ることが大切だ。
昼になり、マルハレータとローデヴェイクは自分達の荷車まで戻り、小声でこれまでの情報のまとめをしていた。
「ここにあるものにも厄介なものはなかったな」
自分達に対抗する兵器の一つくらいは紛れ込んでいるかと予想していたが、見当たらなかった。
不思議な事に見覚えのあるものは幾多もあったが、マルハレータのかつての晩年の頃にすら開発されていた対法術兵器の類のものが欠片も見当たらなかった。大規模な装置だから運べなかったのか? マルハレータの死後小型化された可能性もあるがそれらしきものも見当たらない。
「広域に影響する物もなかった。半数以上は本当にゴミだろう。あの妖精のところにあったものとは違ってな」
ローデヴェイクの意見にマルハレータが頷いた。
「ああ。ここには見事に面倒くさそうなものが無かった。……おれは精霊が関係していると予想している。ここに荷物を運んできた奴らを精霊が襲っていたのも何か意図があるんだろう」
だが精霊たちの目的も理由もわからない。マルハレータは予想するつもりもなかった。精霊の行動は人間とは違う発想の場合が多々ある。想定するのは無駄だ。
「ひとつ報告がある。あの倉庫の照明は街で見たもんでも法術でもない」
ローデヴェイクの言葉に、マルハレータは昨夜見た倉庫の高窓から漏れる光を思い出した。
「……電気か?」
「フィラメントを使ったやつだ。光らせている原理は同じだが、何で発電しているのかわからねえ。発電機が見当たらなかった。それと、最近取り付けられた形跡があった」
「法術で電気をか……? いや、そんな気配はないな。なんだ?」
この時代では役立たずであるはずの物を、人間達は何かしら使い道を見出してるらしかった。
「おれもひとつ気になる事がある」
マルハレータは視線を動かし、ローデヴェイクはその先を見た。門の傍の何もない空間を。
「昨日並べられた死体も、怪我人も、どこにいったんだ?」
2013.01.26. 文章加筆修正(話の流れに変更ないです)