02 街
夕日が沈む前に城壁に囲まれた街に着いた。
大きな通りが三本ほど見られ数十軒ほどの建物がある、そこそこ賑やかな街だった。
今度の建物は石造りと木造の複合したものがほどんどだったが、やはり屋根は乾燥した植物の茎の束で覆われ、壁面は素材のむき出しの物が多く、二、三階までしかないものばかりだった。
男に礼を言い、マルハレータ達は換金所で女王から貰った銀粒を赤麗国の貨幣へ換金し、換金所の人間に数種類の硬貨の相場価値などについて確認した後、目についた小さな宿屋に入る。
「二人だ、一部屋で良い」
受付でマルハレータはそう告げた。
「オイ」
「ああ? 金がもったいないだろうが。オマエおれの警備で同室だった事何度もあったじゃねえか」
マルハレータが睨む。
「あれは! …他にもいたじゃねえか」
ローデヴェイクは視線をそらして言った。
「金が貯まれば別室にしてやる。下半身の我慢がつかなけりゃ女でも探しに行け。オマエが声かけりゃ無一文でもやらせてくれんじゃねえの」
「なっ」
受付にいた女将が「可哀想に」という目で絶句しているローデヴェイクを眺めていた。
二人は女将に教えてもらった手頃な値段の食堂へ向かう。
日はすっかり暮れ、街は夜の賑わいに包まれていた。ガス灯らしきおだやかな照明が通りを照らしていた。
店の中に入ったとたん、賑やかだった空気が一瞬静止した。
見慣れない銀髪に見慣れない服装の女。加えて同じく銀髪に見上げるような体格の大きな包みを担いだ、目つきの悪い男。
怪しまれても仕方ないとマルハレータは思っていたが、実際にその場を支配していたのはマルハレータのかつて大国を支配した為政者としての雰囲気と中性的で鋭利な美貌、ローデヴェイクの荒々しい覇気と見るものが見れば分かる戦人としての身のこなしだった。
どれも辺境の食堂には不釣り合いで、その場の硬直が消えた後も数人の旅装の者達が何気ない風を装いながら二人を警戒し続けている。その隠された緊張感と警戒の視線をマルハレータは完全に無視し、ローデヴェイクはちらりと目線をやった後は関心を持つ様子がなかった。
「適当に二人分の料理を。予算はこれくらいで」
マルハレータはそう注文し、店員が去るとぐるりと店内を見渡す。
「おれはこういった場所で食事するのは初めてだ」
彼女は天井から吊るされたランプや壁に書かれた文字を珍しそうに眺め、テーブルの端に置かれた小さな壷に入った茶色い液体や透明な液体などに目をとめ、最後に目線を向かいに座るローデヴェイクに戻す。
「なんだ?」
「いや…その」
珍しくローデヴェイクは目線を泳がせ口ごもった。心無しか耳が赤い。
「仕方が無いだろ。女王やってたんだからよ。おれの言動がおかしかったらすぐ言え。おれ達は目立つ訳にはいかないんだからな」
しばらく経ってくすんだ赤茶色をした素焼きのジョッキ二つが運ばれ、続いて鳥らしき肉を焼いて茶色いソースをかけたものと卵と野菜の炒め物、刻まれた色とりどりの生野菜、それと刻んだ野菜を練った小麦の皮で包んだものがいくつも浮いた透明なスープが運ばれてくる。料理はどれも一皿ずつで、一緒に運ばれたて来た小皿に取り分ける方式らしい。
マルハレータは小皿に料理を取り分けようと手を動かしてみたが、あまりの動きのぎこちなさにローデヴェイクが唸りながら匙を取り上げ、手早く二人分の料理を取り分けた。
「アンタ下手すぎだ。こぼしまくりやがって」
「仕方ねぇだろうが。こんなことやったことがなかったからな」
「当たり前だろうが」
礼をいうべきか迷い、うまく言葉を見つけられずマルハレータは口ごもった。
「食えよ」
「ああ」
どれも濃い味付けだったが素材の味が活かされていて、それなりに食べられる味だった。
「あの女王さまの手料理は随分と薄味だったようだな」
スープをすすって、マルハレータは言った。
「なあ、食い物からでも気脈ってのは摂取できるんだったっけか」
小皿の料理をつつきながらローデヴェイクが尋ねた。
「新鮮ならな。保存食はあまり意味が無いらしい。水の方が腹が膨れたくらいだからな。だが、そうでなくても食べたくなるだろう」
「…まあな」
そう言ってローデヴェイクは三つ目の肉を口に放り込んだ。気に入ったらしい。
マルハレータはジョッキから泡立つエールをすすった。
初めて味わう雑味と、ほろ苦さが料理によく合った。
※エール…ビールみたいなもんです。