19 機甲器
「いやあ本当に機甲術に詳しい方が現れるなんて、夢のようです。あ、僕はアルテームといいます」
赤茶色の髪の男がローデヴェイクを先導して歩く。
「元々は学者をしていたんですが、予算削減で学院を追われまして。今はここで発掘品の管理を担当しています」
屋外はすっかり暗くなっており、城壁のあたりがぼんやりと明かりが灯っている他は屋内から漏れる明かりだけだが、アルテームは慣れているらしく喋りながらも迷いなく歩いて行く。
マルハレータは集会所に残っている。
彼女が今回集められた『もの』を確認し、今回以前に集められたという発掘品についてはローデヴェイクが見に行く事になっていた。
「おまえの方も“調べ”る。倉庫では周囲の注意をそらせておけ」
小声でそう言うとマルハレータは爪の先ほどの黒いもやのかたまりを作ると、ローデヴェイクの上着の胸ポケットにするりと入れた。
別行動になることにローデヴェイクは不満を持ったが、それはただ自分の感情から来るもので、別に人間相手にマルハレータが危険な目にあう事はまずあり得ないと、無理やり納得した。もちろん、確認作業は短時間で済ませて戻るつもりではあるが。
「幸運なことに援助もいただきまして、仲間と共にここで発掘品の解析をすすめているんです」
「調べてどうするんだ?」
「何か利用方法はないかと。役に立つものと認められさえすれば、より多くの援助を受けることができます」
アルテームの言葉にローデヴェイクは首をひねる。
「利用方法なぁ」
「こちらです。私は集会所に戻りますので、ああ君、この人の案内を頼んだ」
アルテームは棚を整理していた男に声をかけると、足早に戻っていった。
男はローデヴェイクを見上げて首をかしげるが、「ああ新顔か」と勝手に納得していた。
案内といってもどこに何の配置があるかといった簡単な説明だけで、それが終わるとローデヴェイクは放置された。
好都合だと好きに歩きまわってみるが、ざっと見て倉庫には兵器本体よりもそれらを構成する部品の方が多いように思えた。発掘元に部品工場でもあったのかもしれない。
細かい物は分類されて箱に入れられているが、大きさだけで分類されているようで動力系統とセンサー系、調整用の器具などが一緒くたに入った数十箱並んでいるのを見ると、あまり触る気にはなれなかった。そんなことをしていると胸元のポケットから小さな黒いもやが転がり落ち、棚の奥へ消えていった。
「そういや注意をそらせつってたな」
陳列物を見ていてふと思いつき、ローデヴェイクは棚の整理をしていた案内の男に声をかけた。
「おい、ここにある部品に一番詳しい奴は誰だ?」
「そういうのはあそこにいる爺さんが一番詳しいな」
そう言うと男は棚の傍にある作業台を指さす。
「おおい爺さん、ちょっといいか」
作業台で何か細かい細工をしていた老人が顔を上げる。皺だらけの顔は埃にまみれ、ぼんやりとした目付きだ。
「どうした」
「探している部品がある。もしあればだが、出来れば提供願いたい」
老人の元へ歩きがてらローデヴェイクは背負っていたケースを降ろす。棚を整理していた男も興味を持ったのか後をついてきた。
「おい……何なんだそりゃ」
中から取り出された物を見て二人は硬直した。
「これは……まさか機甲器? 本物か?」
老人は震えだし、漆黒の表面に手を伸ばすが触れるのをためらっている。
「機甲器とやらかは知らんが、ここにある部品と同じ系統のものだ。部品が足りなくて動かないがな」
ローデヴェイクは上着のポケットを探って小さな部品を取り出す。
「爺さん、こんな形の部品を見たことないか?」
「お前さん、これが何の働きをするのか分かるのか」
「ああ」
羽虫よりも小さい角ばった形のそれをじっと覗きこんでいた老人は顔をあげると慌てて奥の棚へ消え、程なくして木箱を抱え戻ってくる。その中に手を突っ込んでかき回しながらあれでもない、これでもないと何かを探している。
「こんな麦粒みたいなものが何かに役立つのか?」
どこからもちだしたのか、拡大鏡を使って男がローデヴェイクの手元を覗き込む。「ああ。あんたらが機甲器と呼ぶこいつを最初に動かす時の回路……仕組みみたいなもんに必要なんだ」
「これかの?」
興奮気味に目を輝かせて老人はひとつの部品を取り出す。指先で調べたローデヴェイクが答える。
「型番が違うな。ここの針がもう三本あるのが欲しい」
「それで何が違う」
「行き交う情報量がちがう。それに、揃った形でないと部品が安定しない」
老人は箱の中をさらにかき回し、透明な箱の中に封じ込められた同じ形の部品を見つけ出した。
「これなら使えるな」
ローデヴェイクは『それ』を作業台の上に乗せ、工具を取り出して本体表面のパネルを開く。さらに薄い被膜のコーティングをはがすと、端子を確認して目的の小さな穴に部品を差し込み、被膜を戻す。それからケーブルで繋いだ小さな箱を操作し、表面に流れる数字の羅列を眺め、表示される情報が安定し始めたのを確認するとケーブルを外してパネルを閉じた。
「完成したのか?」
「いや、まだだ。あとは……いわゆる燃料が必要だ」