16 荷物
「あの山を越えたあたりの谷まで行く。馬が限られているからそこの荷車は人間が牽引するからな」
ボフダンと名乗ったリーダー格の男は布で肩から腕を吊っている状態だったが力強い声で集団に指示を出し、最後にマルハレータ達に簡単な旅程を説明すると、すぐさま出発の合図を送る。
他の人間たちは二人を遠巻きに気にしつつも自分達の持ち場に付き、それぞれの荷車を動かし始める。
「そこの荷車、使わないなら持って行っていいか。この男なら一人で運べる」
マルハレータはそう言って広場の片隅に置かれていた空の荷車を指さすと、ボフダンはぶっきらぼうに顎をしゃくった。
「……ならそこの載せきれなかった荷物を積んでくれ。あと、他の奴らの荷車の分も分担しろ。中身は絶対に見るなよ」
「わかった」
マルハレータが返事をし、ローデヴェイクはその間に荷車を引っ張りだして車輪の具合などを確認し、地面に置きっぱなしになっていた木箱を担いで乗せる。それを見た他の人間たちが自分達の荷車からもいくつか荷物を運び乗せた。
「どうするんだ、それ」
荷車の空いた場所にマルハレータが井戸端に捨て置かれていた壊れた武器の山を乗せると、他の荷車から荷物を移動させてきた一人が好奇心に負けて質問する。
「旅の暇つぶしだ」
そう言うとマルハレータはさっさと歩き出し、その後に続くようにローデヴェイクが引き棒を持って続く。他の荷車が五、六人で荷車を引いているなか、ローデヴェイクがたった一人で、しかも片手でめんどくさそうに引いている光景にどよめきが起きる。だが例のごとく二人はそれらを無視した。
マルハレータ達の荷車は集団の最後尾についた。
村からそう離れていない段階で、マルハレータは手のひらに黒いもやの玉を作ると、ひょいと後ろへ落とす。
もやの玉はころころ転がり、村の方へ向かっていった。
ローデヴェイクがちらりと目線を送ると、マルハレータは前を見ながら説明する。
「気に喰わんもんは気に喰わん。あの玉は全てを腐食させ、分解するやつだ。あの倉庫はそのうち地盤沈下を起こしてまるごと崩壊する。時間はかかるがな」
「こいつらが運んでいるものも地下にあったもんだろ、破壊するか?」
「様子をみてからだ。使う目的があるらしいからな」
マルハレータはローデヴェイクと目を合わすこと無く答える。
村を出てから二人の会話は極端に減った。戦場で何度も死地をくぐり抜けた経験から、お互いが意思の疎通無しでも理解し、行動することができた。今も必要最低限の言葉以外は交わすこと無くものごとが進み、無言の時間が増えていく。かつて上官と部下だった頃のように
日が昇り、そして陰ってきたころ、集団は木々の開けた場所で歩みを止め、野宿の準備に入った。
「しかし変だな、このあたりは街道から外れているから毎回獣が襲ってくるはずなのに、まったく出てこないぞ」
荷車を使って数人規模のテントを張っている男達が首を傾げながら会話している。
「どこかの凶暴な野郎がぶっそうな気配だしてるんだろうなあ」
マルハレータはそう言いながら手に持っていた剣をローデヴェイクに突きつける。
「手間が省けていいだろうが」
「まあな」
マルハレータはぼんやりと答え、手に持っていた剣をローデヴェイクに放り投げる。
「この剣、面白いぞ」
受け取ったローデヴェイクは手にとって形や材質を確認する。
マルハレータは自分達が破壊した剣や斧や槍などを法術で修理してはローデヴェイクに渡していた。暇つぶしではあるが、この時代の武器がどういったものなのかじっくり調べる意図もある。
法術や人間達の観察はマルハレータの方が手馴れているが、武器や道具などの分析はローデヴェイクの領域だった。
「材質が微妙に違うようだ。見たことがない合金だな。法術の浸透率をあげるためか」
「そうだろうな。それに、こっちのと比べてみろ」
渡された別の剣は酷く飾り気の無いもので、柄のあたりに何かを削り取った跡がある。
「量産品だな」
まるで遊びのない剣を眺め、ローデヴェイクが言った。
「軍があるのか」
マルハレータが手遊びにひと通り修理し終え、調査も完了すると、ローデヴェイクはボフダンを中心に食事を摂っている集団の所へ武器の山を持っていった。警戒されつつも武器を修理したことには感謝される。ついでに最も数の多かった飾り気の無い剣についてローデヴェイクが質問すると、まさしく赤麗国軍の一般兵が使っている物の払い下げだった。
「赤麗国の軍は皆出世すると騎士をはじめとしてもっと凝った武器を自前で用意して使うからな。わりと払い下げが出回るんだ」
「何しろそこらの鍛冶屋で作ったものより赤麗国軍のほうが質がいいもんな」
「そりゃそうだ。あそこは自前の鉱山を持ってる」
「ありゃ軍の所有というよりは紅家のだろ?」
「ああだがもうじき……いや、この話はあとだ」
部外者のローデヴェイクがいるからか、話はそこで止まった。