15 夜中の出発
日があけないうちに出発するというので、マルハレータ達はベリャーエフ夫妻の協力で即席の旅装を整えた。
本当は必要ないのだが、集団に参加して移動する上で目立つわけには行かないので、渡された物は素直に受け取った。
二人は提供された荒織り枯れ草色のマントを羽織る。ローデヴェイクは高身長と背中の荷物のため髪を隠しつつ首と肩周りに巻きつけるだけにとどめ、マルハレータは逆にきっちりと全身を覆うようにシュダに着せられた。
「この国の女の人はくるぶし丈のスカートに同じくらい長い上着を着るものなんです。マルハレータさんの格好だと目立ちますし、女の人の旅人も少ないんです」
「そうか」
あまり関心がないらしく、マルハレータはシュダの解説を聞き流しながらマントの手ざわりを確かめている。
「この生地ですか? 強行軍らしいので野宿用の厚手のものなんです。夜はくるまって寝るといいですよ」
「わかった」
大人しくシュダの言葉に頷いているマルハレータをぼんやりとローデヴェイクが眺めていると、ベリャーエフが近づいてきた。
「これを」
いくつか渡された袋うちの一つを開くと、二色の乾燥したブロック状のものが入っている。
「それは携帯食です。干し肉と、お芋と小麦と木の実を混ぜて固く焼いたものです」
「わかった。色々と助かる」
「お二人は命の恩人ですから」
ローデヴェイクが短く礼を言うと、ベリャーエフが微笑む。
彼はローデヴェイクやマルハレータの素性についてあまり詮索してこない。その分自分達に対しても踏み込んでほしくないのだと読み取れたが、これまでの言動から本来の人柄は素朴で穏やかな人物だとローデヴェイクには思えた。
「あんたらはこの村の奴らの目的を知っているか?」
「いいえ。ツテをたよって追手のこない場所として紹介されましたから、詳しくは……知らないことにしています」
ベリャーエフの意味深な言葉にローデヴェイクは片方の眉を動かすが、何も言わなかった。
「おい」
突然マルハレータが会話に割り込んできた。
「もしシュダの正体に興味があるなら、青嶺国側の海の向こうにある小さな島国を探すといい。古い文献に残っているらしいが、実際に存在して人も住んでいる。詳しくは精霊に聞くのが早いだろう」
「は、はい?」
「おそらくそこにいるヤツなら知っている。おれ達の名前を出せば多少は歓迎されるだろう。それじゃあな」
言うだけ言うと戸惑うベリャーエフを置いてマルハレータは先に外に出ていき、ローデヴェイクはその後を追った。
「いいのか?」
マルハレータが自分から素性に繋がる発言をしたことにローデヴェイクは少々驚いていた。
「あのベリャーエフという男はかなりのくせものだ。目立つ能力はないがシュダという異分子を抱え長年生きのびてきた相当の『生き汚さ』がある。だがあの状況だとそう遠くないうちにどこかに捕らえられて消されるだろう」
マルハレータはそう言うと、彼らの潜伏している家を一度振り返る。
「この先はあの男次第だが、どこまでいけるのか興味を持った。それだけだ」
二人が村の広場に向かうと、夜の闇の中に松明の明かりが見え、その周囲に既に50人ほどの男たちが集合していた。何人かは包帯を巻いているが、そのまま出発するらしい。
「うちの人手を減らした分、きっちり働いてもらうぞ」