14 条件
マルハレータはつまみ上げた白く透明感のある物体をしげしげと眺める。向きを変えてみたり、明かりにかざしてみたりとひととおり観察し、それから唇で触れ、ちいさく歯をかけ噛り取る。欠片を舌の上でころがし、噛み砕き、最後にゆっくりと飲み込んだ。
その様子をシュダが興味深そうに見つめる。
「……あの、それ、味します?」
「よくわからないが、水分が多いのはわかる。あとの残りが大根の味ってやつなんだろ」
マルハレータは残りの部分を口に放り込み、眉間に皺をつくりながら咀嚼する。
「まだ調理前なんですけど、おいしいんですか?」
「さあな」
その様子を不思議そうに眺めていたシュダは、包丁を置いて自分もひとつ口に入れてみた。
「お大根の味ですね」
「そうだな」
そう言いつつもマルハレータはまな板の上から別のかけらをつまみ上げると再び口に含み、野菜の調理を再開したシュダを眺める。
「その髪と目の隠蔽、ベリャーエフがかけたのか?」
「あ、はい。いつもベーさんにしてもらうんです」
彼女の髪は赤茶けた色になっており、瞳はやや黄色がかったものになっていた。首にスカーフを巻き肌を露出しない服を着て異質な外見を隠しているつもりらしいが、今は調理中のため両袖はまくり上げている。
「ええとその、自分ではわからないんですが、一般的な人間とはちょっと違うみたいなので」
シュダは切った野菜と水を金属製の古びた鍋に入れると土を固めた炉の上部に開けられた穴に設置し、側面の穴から中に薪を追加して火に加減を加える。
「おまえ自分が何なのか知らないのか?」
シュダは木の匙で鍋の中身をかき回しつつ、問いに答える。
「ベーさんと旅して外の世界を見てまわってるんですが、わたしみたいな人にはまだ会ったことがないです」
「親兄弟はいないのか?」
「いません。そういうの覚えてないんですけど、もしかしたら本当にいないのかもしれないって、べーさんが言ってました」
シュダは昨日の天気について話すような調子で言う。相手に哀れみを乞う事も、自分のことを悲観している様子もない。
「そうか。じゃあ、おれ達が人間じゃないのは分かるか?」
シュダは瞬きをして、マルハレータ達を見る。
「あ、はい。言われて気が付きました。でもずいぶんと人間に近いですね」
「まあ、元は人間だ。それをそっくり作り直したようなもんだ」
「ベーさんもたぶんわかってると思います。髪と目の色が珍しいって言ってたので」
「だが何も言ってこないってことは、あいつ自身にも隠しておきたいことがあるのか」
マルハレータは独り言のようにつぶやき、シュダはそれには答えず野菜の煮え具合を確かめる。
「あの、ところでローデヴェイクさんどうしたんですか?」
調理の間中ローデヴェイクは静かだった。小さな家屋の入り口に陣取ると、二人がいる窓辺の簡素な台所に背を向けた状態で座り込み、動く様子がない。
「さぁな」
背を向けた状態でもローデヴェイクは常にマルハレータの様子に注意を向けており、彼女はそれを感じ取っていたがあえて完全に無視していた。
その微妙な空気を察しているのか、シュダは何度もローデヴェイクとマルハレータを交互に見る。
「あいつは昔の関係を引きずってやがるだけだ」
「なんだか寂しそうですけど」
「暴れたのに叱られなくて肩透かし食らってるだけだ」
シュダは瞬きをする。それから手に持っていた食器を抱えるように身をかがめ、かすれるような小声になる。
「あの、ローデヴェイクさんはマルハレータさんに叱られたいんですか?」
「そうだ」
マルハレータは台所の直ぐ側の窓から外を眺める。
「おれ達は相手の気を引き、立場が離れずに済むようずっとそうやっていた。だが、もうそれは終わりだ」
「話し合いがまとまりました」
日が暮れてだいぶ時間が経過した頃、ベリャーエフが帰宅した。くたびれた様子を心配したのかシュダが出迎える。
「おかえりなさいべーさん。お夕食できていますよ」
マルハレータは目の前の薄切りパンを一切れ手に取って匂いをかぎ、そして何もつけずに注意深く口に運ぶ。それを見てシュダが黄金色のとろりとした液体の入った小さな陶器の器を差し出す。
「これは木の実からとった油です。塩と一緒にパンにつけて食べるとおいしいんですよ」
「そうか」
言われたとおりに油をたらし、塩をふりかけると一口囓る。
「違う味になるな」
「それが木の実の味なんですね」
「そうだな」
二人のおかしなやり取りを眺めていたベリャーエフが正面に座るローデヴェイクを見ると、彼はスープの入った器を見つめて硬直していた。
「あの、よかったら付け合せにこれをどうぞ」
衝撃を受けているローデヴェイクにベリャーエフが帯状の薄茶色の物体を並べた皿を差し出してくる。
「私が漬けた鹿肉の漬物です。塩が多めで発酵もさせていますから、スープに浸すと味が染み出てけっこういけるんですよ」
「肉は添え物かよ……」
ローデヴェイクは濃い色の薄切り肉を睨む。そこから数枚掴むと深皿の奥底へ沈め具の野菜が粉々になるまでスープをかき回すと、皿を持ち上げ喉の奥に一気に流しこんだ。
「……何やっても味がしねえ」
「そうか? 野菜の味はするぞ」
マルハレータは気にならない様子でスープを飲んでいる。
「これがシュダの料理なんですよ」
ベリャーエフはそう言いながら煮崩れる寸前の状態のじゃがいもを木の匙ですくい、卓上にあった小さな壷を引き寄せ小さじで塩と乾燥した植物らしき緑の粉をすくい取り、ふりかける。食卓に小さな壷がやたらと置いてあるのはこれのためらしい。
「話し合いの結果ですが」
スープに味付けを加えながらベリャーエフは切りだす。
「謝罪として明日の遠出に同行して、手伝いをして欲しいそうです」