12 村
マルハレータは両手を広げて一抱えほどの黒いもやでできた玉を作り出すと、地下空間への入り口に向けて放り込む。もやの塊は吸い込まれるようにして闇の中へ消えていった。
「残った瓦礫はこれで分解されるだろう」
「助かるわい、あ、他の場所も頼んでいいかの」
微笑み顔で妖精はそう言うと問答無用でかさついた指でマルハレータの持っていたローミングパットをつかみ、無理やり地図を表示させた。
「あ、おい」
「位置情報いれたったわい」
「ちっ、勝手に入れやがって……近くを通れば処分しておくが……んん?」
勝手に入れられた情報を表示させて確認していたマルハレータはあることに気がついた。
「どうした」
ローデヴェイクが画面を覗きこむ。
「あいつらの村の近くにもあるらしい」
マルハレータは画面の一箇所を指さした。
元から人間のいる場所に行くつもりではあるので、二人は来た道を戻ることにした。
目的の場所は山の斜面を切り開いたような場所にあった。崖の上からはベリャーエフ達が滞在している村が広がっている。
ローデヴェイクが目標座標の真上に建てられた倉庫のような大型の建物を見上げる。石の土台に丸太を組み上げ、隙間に草と泥が混ざったものが詰められている。窓はない。
「真上に建ってやがるな。どうする?」
「地下にあるんなら黙って侵入して回収しても問題ないが……」
初めて間近で見る木材での素組みの建物を珍しく思い、マルハレータはグローブを外して素の手のひらで壁をなでてみた。長い時間雨や風に晒され壁の表面はくすんで乾いており、ところどころ苔植物も生えいる。叩いてみると、石や金属と違い柔らかな感触で、乾いた音がした。何度か叩いているうちに力加減を間違えたらしく、手が丸太の壁を突き破る。
「うげ」
おもわず焦って腕を引き抜くと、大きく軋む音と共に土埃が舞い、さらに大きく穴が開いてしまった。
「……おい、何してんだあんた」
「……この壁がもろいのが悪ぃんだよ!」
呆れたような声を出すローデヴェイクを無視し、マルハレータはこれ幸いと穴をさらに大きく広げ、中に侵入する。
建物の中は一つの広い空間だった。屋根に明かり採りの窓があるらしく、周囲はそこそこ明るい。
壁には棚があり、何かのための作業机が並ぶ。その上には工具らしきもの、図面、金属の破片が散乱している。
それらの光景に思わずマルハレータは両目を細める。
図面をもっとよく見ようと一歩すすんだ時、外で数人の人間の声が聞こえた。
マルハレータが自分の開けた穴から出ると、外は十人前後の男たちに囲まれていた。
「お前ら、ここで何をしていやがった!」
「たまたま通りがかっただけだが」
ローデヴェイクが答える。
「そこの穴から中に入っていただろう。何を調べていた!」
「特になにも」
マルハレータが答える。答えながら、敵対心がないことを示すために両腕を肩まで持ち上げ、手のひらを見せて立つ。
村人たちにしては奇妙だとマルハレータは思った。最初に訪れた辺境の小さな村にいた男は警戒心がなく、その上近くの街まで運ぶ事を気軽に申し出てきた。ここの村は最初の村以上に辺境に位置するはずなのに、男たちが二人を観察する目付きは鋭く、異様に警戒心が強いことがわかる。手に持っているものも農具ではなく、よく手入れされた剣や弓、槍といったものばかりだった。この数日周辺の森を歩き、生息する生き物たちもそれなりに見てきたが、村の警備にここまで入念に武装する必要があるようには思えない。
「この女、法術師だ!」
パンツのポケットから出ていた法術用のグローブを見つけ、村人の一人が叫ぶ。
「やはり中央部の者か! おい、グローブを取り上げろ!」
緊張が高まる中、マルハレータは両腕をあげたまま黙って立ち続ける。
村人の一人が剣を構えながら進み出てきて、マルハレータの腰に手を伸ばす。
だがその手が彼女の体に触れる直前に村人の体は吹っ飛んだ。
見れば、隣には片足をあげた状態のローデヴェイクが立っている。
「こいつに触んじゃねえよ」
ローデヴェイクはそう吠え、そして村人たちに突っかかっていった。