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血霧と狂狼  作者: やまく
10/32

10 野宿

「そろそろ出るか」


 一夜かけて上流へ向け河底を歩き、目的地点に到達すると四人は谷底から地上へ登れそうな緩い勾配を見つけて登る。

「ふぃいい、膝が……もう」

「ベーさん気をつけて」

 運動能力はシュダの方が高いらしい。貨物車で見つけた荒織りの上着とロングスカートを身に着けているが、ベリャーエフを支えながら器用に裾をさばいて岩を乗り越えていく。

 マルハレータはちらりと先頭をいくローデヴェイクに目をやった。機関車を爆破して以来、言動が目に見えて少なくなっているのが気にはなっているが、それ以上にマルハレータの様子を勘ぐるような時があり、それが彼女の神経を逆なでしていた。

「おい」

 先に崖を登り終えたローデヴェイクが手を差し出してくる。その手のひらと、男の真っ直ぐな眼差しにマルハレータのいらつきは増した。

 差し出された手は無視して一人で登り終え、すれ違いざまに男のスネへ蹴りを入れる。

「なにすんだ」

「うるせぇ」

 マルハレータは振り返らず、目の前に広がる“森”を眺めた。


 最初に転移門で到達した場所よりも一本一本の木は小さく、地面は枯葉に覆われてまばらに草花が生えている。だが見渡す限り起伏のある木立が続き、それが山まで続いているようだ。

 マルハレータはローミングパッドで地形図を表示し、登録したベリャーエフ達の目的地を確認する。それと昨晩の自分たちの進行速度をあわせてこれからの道のりを割り出した。

「最低でも三日はかかるな」

 ローデヴェイクはもとより、再生されたマルハレータの体はあまり休息を必要としない。食事も排泄行為も、しようと思えばできるがしなくても別に苦痛はないといった程度だ。周囲から気脈だけ吸収していればいのであって、あとは人間であろうとすればそれに近い状態でいられるし、そうではない状態でもいられる。そう彼女たちは説明を受けた。

 だが同行者、とりわけベリャーエフはまっとうな人間らしいので、それなりの速度で、適宜休息しながら進んだほうがいいだろう。

「おれ達はこういった森の野宿は経験がないんでな、お前達のやりかたに合わせる」

「は、はい。では、しばらく休ませて、ください。ふう」

「薪を探してきますね」

 シュダが茂みの奥へ歩いて行く。マルハレータはそばにあったちょうどいい大きさの岩に腰を降ろし、腰の鞄からローミングパッドを取り出して操作し、情報を更新する。現在位置や周辺の地形図は表示できるが、ベリャーエフが持っていた地図のような地名や村などは書かれていないため、ざっとそれらを入力していく。

 ひととおり入力が終わりデータが保存されると、何かの言葉が表示され、新たなデータが現れる。開いてみると現在地周辺の詳細な画象……上空からの映像といったほうがいいようなものが表示された。

「ちっ、どうせ空に精霊が衛星がわりにいるんだろうな」

 見られているという感覚を覚え、マルハレータはいらつきを覚えたが、相手は精霊だと思い直し、利用するだけ利用してあとは無視することにした。


 薪を探しに行ったシュダが野宿にいい場所を見つけたというので、全員でそこに移動し、今夜は早めに休むことになった。

「木の上で寝るのか」

「地上で寝るより安全ですから」

 やや小高い丘の上にある大きな木にシュダは慣れた手つきでハンモックを吊り下げる。旅に慣れている分、必要な物はちゃんとベリャーエフの鞄の中に入っているらしい。

「この生地、折り畳むととても小さくなるんですけど熱も水も通さないし、頑丈なんですよ」

 だいぶ慣れてきたのか、シュダはマルハレータへ自然に話しかけるようになっていた。


「肉を獲ってきたぞ」

 声に振り返るとローデヴェイクが毛皮で何かの固まりを包んだものを持って木々の間から現れた。

「わぁ、すごい。何ですか?」

 シュダが駆け寄り手元を覗きこむ。

「あー、猪? だっけか? そういうやつだ」

「あのー、もしかして、素手で捕まえたんですか?」

 木の根元に座り込んでぐったりしていたベリャーエフが、マルハレータの傍らに置きっぱなしになっていた黒い合皮のケースを見て尋ねる。

「ああ」

 ローデヴェイクはそっけなく答えると毛皮の包みをベリャーエフの足元に置いて中身を見せる。どうやら仕留めただけでなく、血抜きと解体までして持ってきたらしい。

「あと、何か食えそうな実もあったからついでに採ってきた。これは食えるのか?」

「……え、ええ。それは野生のベリーですから酸味は強いですが食べられます。そっちのは皮は硬いですが中の実は食べられます」

 獲物を渡し終えたローデヴェイクが近づいてくると、マルハレータが口を開いた。

「そういや行軍が長い時は最前線にいた奴らも自分達で食料確保をしていたんだっけか」

「ああ。ここは生き物が多いから探すのが楽だな」

 確かに、瓦礫と鉄くずしかないような場所よりは食えるものは多いだろう。

「前は……当時は何を食べていた」

「獣のなんて見つからねえから、蛇や虫とかだったな。それも見つからねえ時は草の根を齧ってやりすごしたりもした」

 特に懐かしみもせず、ローデヴェイクはマルハレータの足元に腰を下ろす。

「そうか」

 当時の状況、そして立場の違いを思い出し、マルハレータは足元近くの銀髪に手を伸ばすとわしわしと掴んだ。

「な、……なんだ!」

「別に」


 ベリャーエフとシュダ夫妻は旅に慣れているだけあって、肉を必用な分だけ焼いて調理すると、あとは即席の燻製にして保存食にした。

「あっちの茂みでハーブを見つけたので香りづけもできました」

「森ってのは何でもあるんだな」

 マルハレータにとっては珍しい光景ばかりなので、腕組みしながら興味深そうに二人のすることを見ている。

「それに、燻製に法術を使うなんてな」

「旅には身に着けていて損はないですよ。生活一般系の法術ならひととおり出来ます。地味なものばかりですけど」

 大規模なものは苦手なのだと、ベリャーエフは照れながら言う。

「なあ、ほかに何に使うんだ?」

「ええと、あとは髪の色を変えたりとか……」

 マルハレータがベリャーエフに質問する隣ではシュダが焚き火の番をしており、時々薪を追加している。彼らの背後ではローデヴェイクが合皮ケースから中身を出して黙々と整備をしていた。

 すっかり日が暮れるまで、四人はおだやかな時間を過ごした。



「おい、これはどういうことだ」

「なんだ、眠れないのか?」

「どういうことだと聞いている!」

「あまり騒ぐと獣が来る。二人が起きちまうぞ」

「く……なんだ一体」

 マルハレータは腹に回された腕を引き離そうをするが、不安定な場所なので足場もなく、力なくもがくだけだ。

太く頑丈な腕はびくともしない。ローデヴェイクがやたらと落ち着いた様子なのでイラつきも増す。

「あんたこんな所で寝たことないだろうが」

「寝なけりゃいい」

「気脈の吸収にはじっとしてるのが一番だそうだ。俺達も動きどおしだった。あいつらに合わせてここは休め」

「くそっ、だからってこんな」

「いいから、大人しくしてろ」

 暴れだそうとしていたマルハレータを、ローデヴェイクはなだめるように背中をなでつつ体勢を整える。体格差もあり、細身のマルハレータはローデヴェイクに横抱きの形で収まった。


 獣避けの簡単な結界をはり、ベリャーエフとシュダがハンモックで休むと、ローデヴェイクはマルハレータを抱えて別の木に登り、太い枝に落ち着くと膝の上に彼女を置いて休息に入った。マルハレータはひどく焦るが、ローデヴェイクの方は当然だという顔つきでいる。

 殴っても蹴っても動じず、いくらもがいても一向に離す様子がないので、マルハレータはついに諦め、ため息をついて脱力し、それからおそるおそる背を男に預けた。

「……落とすなよ」

「ああ」

 大人しくするつもりで目を閉じると、意外にも早く眠気のようなものが訪れてきた。

 まどろむ中で何かが髪に振れる感覚がしたが、マルハレータは気にせず、安らいだ眠りの中に溶けこんでいった。


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