表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血霧と狂狼  作者: やまく
1/32

01 旅立ち

 

 

 

 死屍累々の山を踏み荒らすのはもう慣れてしまった。

 ごわつく軍服。足並み揃った何千もの軍靴の足音、そこかしこから聴こえてくる激しい爆撃音。体に染み付いた死と破壊の匂い…

 しかしそれらは遠い過去となってしまった。

 今残っているのは、血や肉脂を洗い落とすのが面倒で男のように短く切ってしまった髪、ほお紅をささない顔、女性らしい丸みが少ない身体。


 薄い色の太陽光に銀髪を輝かせながら、マルハレータは崖の上から遠くに見える鉄鉱石のような城を眺めた。長いまつげが灰色の瞳に影を落とす。

 荷物は腰に覆うように巻かれた鞄がひとつだけ。中には城にいた闇の精霊から渡された手のひら大のローミングパッドに、預かりものの手紙とこの国を象徴する黒いウサギの紋が入ったブローチ、あとは飾り気の無いセラミックナイフとささやかな化粧品と衣類。両手には愛用の法術用の黒グローブ。それだけあれば彼女には十分だった。

 それと、背後に立つ大きな荷物がいれば。

「いいか、最終目標地点は白箔国はっぱくこく首都。赤麗国せきれいこくから青嶺国しょうれいこく、続いて白箔国に入国し、対象人物に接触。なおこれは各経由地、および周辺国の情報収集も兼ねた作戦である。いいな」

「了解…っつーかアンタはもう俺様の上官じゃねえだろうがよ」

 マルハレータは背後に立つ自分と同じく死後影霊として蘇った男、ローデヴェイクを振り返った。

「しかたねぇだろ、昔のクセみたいなもんだ。オマエも律儀に答えてんじゃねぇよ」

「うるせ」

 ローデヴェイクは風にあおられる鈍く光る銀の髪をがしがしとかき、重たい灰色の瞳をマルハレータから外した。彼もマルハレータと似たような鞄と、黒い人工合皮に覆われた縦に長い包みを背負っている。


「しかしアンタ、あの女王の前では随分と大人しかったな」

「オマエが蘇る前に色々あったんだよ。それに、平和ぼけした所におれの地は合わねぇよ」



 転移門はとても小さな端末でできていた。あらかじめ座標を知らなければ地面から覗く外殻を見つけられなかっただろう。

「土塊しか残ってないわりに、おれ達が生きていた時代よりも技術は進歩しているらしいな」

 指示されたとおりに指で触れて起動させ、マルハレータ達は赤麗国へ飛んだ。

 

身体の中を風が通り抜けるような感覚の後、目を開けると一面植物の世界だった。むせ返るような緑の匂いに、横に立つローデヴェイクは思わず顔をしかめた。

「なんだここは」

「森ってやつだろ。随分とでかい木が多いな」

 木の根に覆われた地面にヒールがとらわれないよう、マルハレータは飛び石の要領で歩いていたが、数歩進んだ所でローデヴェイクに担ぎあげられた。

「なんだよ」

「こっちの方が早いだろ」

「運ぶんならもっと大事に扱え」

「足場が悪りぃんだ。贅沢言うな」

 荷袋のように肩に担ぎ上げながら、マルハレータは頬のあたりがくすぐったくなるのを感じながらローミングパッドを起動させた。付属の黒いストラップを手首に引っかけ、落とさないようにして操作し、表面に現在地周辺の地図を表示する。

「そのまままっすぐ進め。川が見つかる。下流にすすめば小さな集落があるようだ」

「ここは赤麗国ってところなのか?」

「そうらしい。一応領土内だが、かなり辺境だ」




 集落は十軒に満たない住居と高床式の倉庫で構成されていた。どれも丸太を組んだ上に乾燥させた植物で屋根を葺いた、構造が一目で分かるほどの、恐ろしく簡単な作りをしていた。

「さて、どうするかな」

「そういや、この国の現金が無いな」

「あの女王がくれたもんがあるだろ」

「こんな小さな集落に換金所があると思うか?」

「…さあな」

 結局、そんなものは見あたらなかった。宿泊所も飲食店らしきものも見あたらない。

「よそをあたるか」

 二人が村落を出て畑の脇道を歩いていると、ちょうど通りがかったところに荷馬車にかぼちゃらしき野菜を積み込んでいる男がいた。近くの木には毛足の長い馬が二頭繋がれており、道ばたの草むらに鼻先を突っ込んでいる。

「おい、道を尋ねたいんだが」

 マルハレータが声をかけると、男は目を見開いて動きを止めた。

「へああぁ、えれえべっぴんの異国の姉ちゃんだなぁ、オラに何か用か?」

 男の言葉は酷くなまっていたがマルハレータの知る言語に近かった。彼女は呼びかけた時と違う、彼に理解出来るであろう言語で話しを続けた。

「この道を行けば大きな街へたどり着けるだろうか?」

「ああ、あんたら街へいくんだべか? だったら荷台にのせちゃるよ」

「いいのか?」

「歩くと街につくまでに夜になるべ」

「では、頼む。ローデヴェイク、荷物の詰め込みを手伝え」

「なんだと…」

「やりたくなきゃそこにいろ。おれは手伝ってくる」

 マルハレータがかぼちゃの山へ向かおうとすると、ローデヴェイクが慌てて引き止めた。

「アンタはしなくていい! 俺様だけの方が早い!」

 黒いカバーに包まれた愛機をマルハレータに預け、ローデヴェイクは男がかぼちゃを荷台に乗せるのを手伝いに走った。



「馬車っていうのは随分揺れるもんだな」

「道が舗装されてねえからだろ」

 あまり快適とはいえない振動にあわせ木製の荷車の木枠がきしむ音がする。馬達は軽快な蹄の音にあわせゆったり身体を揺らしながら急ぐこともなく歩いていく。マルハレータはかぼちゃの山に背を預け、空を見た。

 穏やかな青空だった。ちぎったような白い綿雲が所々に浮かんでいる。

「…楽しいかもな」

「なんか言ったか?」

 愛機の整備をしていたローデヴェイクが聞き返してきた。

「いや」

 マルハレータは空を見あげたまま目を閉じ、風の匂いをかいだ。

 遠くから鳥のさえずりが聴こえた。


「くろやみ国の女王」のスピンオフものがたりです。

この二人は第二章「影霊と再生 3」から登場します。時系列としては「真珠の守り手 4」以後の話です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



未經許可請勿轉載
Do not use my text without my permission.
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ