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ある歪な夫婦のお話 番外編集  作者: 本好きひよこ


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2/2

番外編ニ ある夜のこと

その夜、スカーレットはある悪戯を思いついた。

 自分を支配している、いつも余裕を持っている、しかしそれはある種の虚構に過ぎない、そんな愚かで愛しい夫を、すこしばかり揶揄ってやりたくなったのである。

 いつものように深夜に帰ってきて、帰還を告げ、外套をかける。その間に夫は晩酌の準備をして、二人がけのソファーに座って、スカーレットはそれを待つ。

「今日は誰と呑んできたんだい?」

 変わり映えしない問い。妻が他人と夜遅くまで遊んでいても、咎めずしかしその話を聞きたがる。

 その裏にあるのは、歪な独占欲と飽きられてはいないかという不安である。おくびにも出さぬその感情は、スカーレットだけが知っている。幾重にも折り重ねられた思惑と心情の偽りの全容は、二人のみが知るモノだ。

 しかし、最近はどうにもスカーレットばかりが弱みを晒している気がする。彼はそれを受け入れているし、愉しんでいるからいっこうに構わないのだけれど、しかし元来気の強いスカーレットは、彼の方も暴きたくなってしまう。

「俳優のカリードよ。端正な顔立ちで、びっくりしたわ。」

 だから、こう言うのである。この言葉に、リジルの瞳は少しばかり揺らいだ。 だって、カリードは、夫が手配した者ではないのだ。彼の用意したお相手は、また別の者だった。だから実際、カリードとは少し話した程度だ。

 なぜカリードを選んだかといえば、一番リジルを刺激できると確信しているからだ。端正な顔立ちのカリードは、リジルとは正反対の美貌を持っていて、凛々しい。

 リジルは己の良さを理解している、それをもってスカーレットを魅了している、だから脆い自信を持っている。だから、自らと正反対の魅力を持つ彼のことも理解していて、それがスカーレットを

魅了するという、まっこと微弱な可能性のこともまた、理解しているのだ。

「へぇ。楽しかった?」

 いつも通り穏やかな声。しかしそこに僅かながら混ざる妬心に、スカーレットは高揚した。

 彼の手はゆっくりとモノクルに伸びようとしている。その様子を、仮面を持って自らを鎮めようとする様子を、愛おしく思ってしまった。

 今日もまた、己だけが彼の心を乱している。

 彼はスカーレットを鳥籠に閉じ込めているけれど、その籠はもろく、隙間があって、しかも鍵はいつだって外せる。

 きっと彼の才があれば、スカーレットを閉じ込めて、絶対に出られないようにすることもできるのだ。しかし、それをしない、できない。

 彼は臆病であり、スカーレットを愛しているから。そしてそれ以上に、支配の中で差し出される肯定より、もっと甘美で不安定な肯定を求めるから。

 スカーレットがいつだって飛び出せる状況でなければ、彼もまた愛を信じられないのだ。彼を選んだという事実がなければ、愛を疑ってしまうのだ。

 そんな彼が愛しくて、そして二人がそうやって成り立つためにはお互いがお互いを乱し続けなければならない。

 スカーレットには、奔放に踊り続ける舞台を用意されているという充足と、そしてそこで踊る自由な自分を相手しくれているのだろうかという、不安を。

 リジルには、己の鳥籠の中で彼女が踊り続けているという充足と、しかし彼女はいつだって飛び立てるのだという、不安を。

 緊張がなければ、常に対等でなければ、乱し続けなければ、認め続けなければならない。

 だから、こう言ってやるのだ。

「ええ。でも、あなたといる方がマシだったわよ?」

 しっかりとリジルの瞳を見つめ、そして自らのそれには嗜虐をのせて。遊んでやったのだと、そう示してやる。

 そうすれば、リジルの瞳には歓喜が宿り、モノクルに伸ばしかけた手が止まって、そのままグラスを持ってこちらへとやってくる。どかりとスカーレットの隣に腰を下ろすと、

「それは光栄だなぁ。」

と告げた。

 先刻と変わらぬ穏やかさには、しかしスカーレットと変わらぬ嗜虐を多分に含んでいて。ああなんと愛しい、なんと可愛い人だろうと、そう思いながらスカーレットも彼を見つめる。

 そうしながらも差し出されたグラスを受け取って、並々と注がれる蜜色の酒を眺めながら、スカーレットは恍惚を浮かべた。

 


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