番外編一 出会った日のこと
拙作「ある歪な夫婦について」の番外編となります。作者が設定をミスり、短編としてしまったので同じ作品として投稿できなかったので、シリーズとしています。本編では語れなかったことなどを語っていこうと思いますので、シリーズにブックマークしていただけると嬉しいです。二人の歪な関係の歪度がだんだん増していくような形にできればと考えています。
ですので、前作を読まれてからこちらを読まれることをお勧めします。
最後に、数ある作品の中から選んでいただきありがとうございます。どうぞお楽しみください。
ある夜。愛しい妻と晩酌をしていると、不意に問われた。
「ねえ、出会ったの日のこと、覚えてる?」
ゆらゆらとグラスを傾けながら、無機質な声音をもって語りかけてくる彼女の表情は、しかし笑顔だ。
いつものように、彼女はリジルにその身を預けていた。首をこてんと傾け、リジルの肩に乗せ、反対側の手でグラスを持っている。
普段このようなことを言わない彼女だから、その笑顔にはどうやら何かありそうだった。きっといつもの『お試し』であろうとは思いながら、しかしそれが愛おしくて、リジルは、その日のことを思い出すことにした。
その夜、リジルは、あるパーティーに参加していた。
対して大事にも思っていない友人からの誘いで、断るのも面倒なので参加することにしたのである。
しかし、会場に着いた瞬間、失敗を悟った。
「なんだ、これは。」
つい、声が漏れてしまうほどのそれは、決してリジルの考えていた優雅な会場などではなかった。
胸元を大きく開けたドレスをその身に纏う、蠱惑的な夜の蝶たちに、それらを侍らせる男ども。
流れる音楽は雅なオーケストラとはほど遠く、庶民的な響きが満ちている。
香りたつ強い香水の香りは鼻を刺し、心なしか蛍光色の光は目をチカチカとはせた。
「いい場所だろ?」
例の友人が話しかけてきた。その瞳には愉快げな色が浮かんでいる。おおかた、遊ばないリジルを揶揄いたかったのだろう。
「そうだなあ。」
その思惑通りに振る舞うのは癪なので、いつも通りのんびりとした返事を返しておくことにする。
そんなわけで、リジルは開始早々に壁の花ならぬ壁の鳥になることとした。
下品な催しではあるが場所なんかの質自体は悪くないから、適当につまみと酒を選んで、馬鹿どもを見物する分には確かに楽しい。
カクテル片手に、大衆の前で恥じることなく戯れ合う男女を見物していると、突然凛とした声が響いた。
「あら、お兄さん。そんなところで、何をしているの?」
他の女たちのような、媚びるような声ではない。男に主導権を渡すまいとする、凛とした声。多分に含まれる愉快げな響きすら、美しさを醸し出している。どこか高貴にも思えて、リジルはその声だけで随分と魅了されてしまった。
思わず振り返ると、黒髪黒眼の美女が立っている。その瞳には何かが燃えてきて、吸い込まれそうになる。しかしそこには、また別の何かも揺れていた。それが何かはわからないけれど、少し不思議に思って、そしてまた己と同じどこか歪な気配を僅かに感じとった。
「見ての通りだよ、美しいお嬢さん。」
へらりとした笑みとともに無難にそう返すことにすると、その女はおかしそうに笑った。
きっと見た目の印象とは違ったから、面白がっているのだろう。
その瞳をもう一度見つめてみる。笑顔はたぶん本当だ。しかしその中に、きっと愉快ではないだろう何かが、やはり揺れていた。
今ここにいる彼女とは、全く違う性質を持つナニカが。刺すような強さではない、すがるような脆さでもない。きっとそれを見せることは彼女にとって恥でしかなく、しかしそれが彼女を彼女たらしめている。
「お嬢さんなんて呼び方、はじめてよ。あなた、名前は?」
「リジルだ。」
「そう、名前のとおりの優男ね。私はスカーレット。ねえお兄さん、今夜私と遊ばない?」
彼女の振る舞いは遊び人そのものだ。いつもこうやって、手頃な男を引っ掛けては遊んでいることが窺える。
その姿は真実強かで、その黒く凛とした容姿も相まって、夜の蝶という名が本当に似合う女である。
しかしそれだけなら、リジルはこの誘いを断っただろう。
強かな夜の蝶、皆が見惚れる宵の月。それは確かに魅力的なのだろうが、リジルはもっとめんどくさい人間が好きだし、その程度ならどこの夜会にもいる。
そして彼女は、めんどくさい人間だった。ただの蝶ではない、月ではない。
きっとその羽の裏には赤茶けた汚れがある、きっとその体の裏には何かが欠けている。
そう、本能が告げていた。自らと同類だと、完璧な仮面を被りながら己の脆さを隠し、そしてそんな己に陶酔し、しかし一方でその脆さを受け入れて欲しいと希う、そんな愚かな子供のような人間であると。
だから、こう言った。
「ああ、是非。」
と。
これが、スカーレットとの出会いだった。
あのあと、随分と色々なことがあって、夜の蝶の赤ちゃけた汚れはリジルを魅了してしまった。そしてまた色々なことがあって、二人は今夫婦である。歪な、という枕詞付きではあるが。
しかしリジルはそれに、何の問題も見出していない。今の二人は正しく理想的なのだから。
「確か、君から声をかけてきたんだよねぇ。実を言うと僕、あの時すでに君に惚れていんだよ?」
少しからかってみれば、スカーレットは少しだけ頬を染め、そしてまた無機質な調子で問う。
「ふぅん。どこに?」
「そのたたずまいとか、話し方とか。」
本当のことを告げれば、彼女は訝しむようにこちらへ視線を向けた。
「私、あの日だけのつもりだったのよ?だから、顔がそこそこ良くて、好みで、そして扱いやすそうな人間を探してたの。その言動のどこに魅力があって?」
「すべてだよ。その打算的な笑みも、気概も、全てが美しかった。本当だよ?というか、やっぱり一夜のつもりだったんだ?顔がそこそこ、と好み、はまあよしとして。扱いやすそうっていうのはとんだ誤解だねえ。」
「違いないわ。扱いやすければ、もうとっくに終わってるわよ。」
「そうだねぇ。」
「でも私、気づいたわよ?あなたがベッドでモノクルを外して、真っ直ぐに私を見た時。」
「同類だ、って?」
「ええ。ふふ。」
「ふふふ、僕ら歪な人間の瞳には、歪なナニカが宿るのかもしれないねえ。そしてきっと、それを見破れるのは歪なモノ同士、ハズレモノ同士だけなのだろうなぁ。」
「ふふ、ふふふ。きっと、きっとそうに違いないわ。そうでなければ困るもの。あなたも、わたしも、わたしだけのものであり、あなただけのモノであるのだから、ね?ふふふ。」
そういって笑う彼らの声は、恐ろしいほどに暗い夜空へと吸い込まれていく。月は新月、街灯の灯りが満ちた街からは、一等星の姿すら認められない。
そんな作り物の明かりと、ホンモノの暗がりの中に、二人の美しい笑い声だけが響いている。ころころと鈴を転がすような音色に、侮蔑が混ざり、愛しさが混ざり、どこか歪な音色を生んで。それらはただ、響いていた。
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