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【短編版】ヘンゼルとグレーテル〜ボクとお菓子な呪い〜

作者: ツキノ
掲載日:2026/02/22

甘党探偵月影ましろ〜ブラックorスイートライフ〜より。

 カフェ営業はアーバンと鵜久森、綺羅々に任せ、ましろと来夢、紬は林檎の引っ越し作業を手伝った。


 『一夜にして2人も仲間が増えて賑やかになったね』


 何も手伝うことが出来ない小動物はダンボール箱に乗って欠伸をしている。

 2~3時間ほどかけて荷物の移動が完了した。


 「ところで、夕飯の支度は誰がなさってますの?」


 望月来夢が御伽おとぎ街に配属になったことは事前にアーバンと紬が本部から連絡を受けていた為、昨日の夕食は来夢の分まで用意されていた。しかし、普段はーー


 「日替わりというか、まかないというか……。たまーにコンビニのお弁当とか、スーパーのお弁当とか、最近はおにぎり屋さんとか……」

 「は?」


 学校の許可を得て、鵜久森も夜のバー用の料理の仕込みや、少し接客もしている。綺羅々は料理はせずに殆どの日はゲームに熱中(たまに夕方や休日のカフェの接客はしている)。ましろは料理はお菓子作りが少々出来る程度だ。

 つまり、まともな料理を作れるアーバンと鵜久森は店の仕込みで精一杯の日が多い。


 「それは……、たまにじゃなくて、ほぼ毎日ではなくて?」

 「はい。そうです……」


 中学生時代からましろはコンビニ弁当で済ます日が多かったことを来夢は知っている。ましろの健康面を心配して、何度も自分の屋敷に招いて使用人たちが作った料理をご馳走していたことを思い出した。


 「料理ならーー私、少し作れます。ホテルのお手伝いとかやってましたので」

 「ほんと!?助かるなぁ」

 「なっ!?イギリス料理なら私だって少し作れますわよ!」


 小さく手を上げた林檎に、来夢がすかさず割り込んで料理が出来ることを主張する。


「ましろさんは甘いものが好きなんですか?」


 昨日は話をしていた最中にましろが口にしていたのは、フロートやワッフルなど甘いものばかりだった。先程もスイーツなら少し作れると言っていたので、林檎は何気なく質問してみる。すると、少し以外な反応が返って来た。


 「今は甘いものは好きだけど、好きじゃないというか、好きなことに『なっている』というか……」

 「ましろさんの異常なくらい甘いものが好きな体質には、わたくしたちが昔遭遇した物語ソネットが関係していますの」

 「物語ソネットが……?」


 先日、物語ソネットや組織について説明されたばかりの林檎には、口にしてもまだ馴染みのない言葉だった。


 「その話については、長話になるので私の部屋で話しましょう。ーーー良いですね、ましろさん?」

 「は、はい……」


 まるで昔の頃に戻ったようなやり取り。ましろは来夢のこういった強引なところ昔から苦手だった。昔と比べて表に出すことはあまりなくなったが、今でも内心それは変わらない。



◇◇◇



 これは、ましろと来夢が物語ソネットに初めて関わった事件であり、お互いが初めて知り合ったきっかけでもある。


ーーー気付いたらそこに居た。


 小学校からの帰り道。ランドセルを背負って、ひとりで下校していたましろは知らないうちに物語ソネットが顕現展開している空間に迷い込んでいた。


 いつもの並木道にしては整備がされてないし、いつもより薄暗いなとは思っていたけど。あと、いつもより家が遠くなったとはぼんやり思っていた。


 「こら!どこをほっつき歩いてるんだい!」

 「!?」


 知り合いではない。女性がましろの服の襟首を引っ張った。女性の服装は本の中の外国のおとぎばなしの絵に出てきていたような、古い時代の服装。エプロンらしき白い布はところどころほつれている。

 女性は驚いているましろの腕を引いて、森の中を進んで行く。暫くすると、木で出来た古い山小屋が見えてきた。

 腕を引かれながら、ましろはぼんやり考えていた。


 (これ、仲が良い……。とまではいかないけど、クラスメイトが話していた、漫画だったかな……異世界転生ってやつかも?それにしてはボク、死んだ覚えとかないんだけど、どういうことだろう……?)

 「ヘンゼルったら、また森の中をほっつき歩いてたから、連れて帰ってきたわ」


 ヘンゼル?ヘンゼルとグレーテルのおとぎばなしなら、図書室に本があった。

 ましろは本を読むことがあまり好きではない為、内容は詳しく知らないが、本のタイトルだけを覚えるのは得意である。どちらかと言えば、おとぎばなしは女の子がよく読むジャンルの本だ。


 「……ああ、また帰ってきてしまったか。ーーーグレーテル、ヘンゼルが帰ってきたぞ」


 グレーテル、と呼ばれた女の子は暖炉の側で何かの本を広げて読んでいた。髪は金色で青い目、ましろの母親が学費が高いと言っていた小学校の制服を着ている。黙っていればまるで外国のお人形のような外見をしている女の子だった。


 「おかえりなさい、お兄さま」


 女の子はましろのほうに歩み寄ってくるなり、手を掴んで2階へと上がって行く。


 「ちょ、ちょっと……!ぼくはひとりっ子で妹なんていないよ!」

 「そういうもんだいではなくってよ!」


 場違いなことを言い出したましろを、女の子はピシャリと叱る。


 「だってここは異世界ってやつで……、そうか!ぼくはいつの間にか死んだから、転生して妹がいることになったんだね」

 「ちーがーいーまーすーわー」

 「いひゃい」


 初めて出会ったばかりの女の子は、ましろの頬をつねって目を覚まさせ、夢ではないことを教えた。


 「異世界とか転生とか、たぶんちがいますわ。かくじつにいえるのは、ここが童話の本の中の世界ってことですの」


 女の子はましろに先程まで読んでいた本のタイトルを見せる。『ヘンゼルとグレーテル』。

 2人は正に今、ヘンゼルとグレーテルになって本の中に居る。本の中に居るからヘンゼルとグレーテルになっている、と言ったほうが正しいのかもしれないが。


 「じゃあ……キミはグレーテルじゃない……?」

 「ええ。望月らいむという名前がありますの。ヘンゼルではないあなたは?」

 「ぼく?ぼくは月影ましろだよ」

 「ましろさん、おとぎばなしのヘンゼルとグレーテルを読んだことはありますの?」

 「え。ううん、タイトルだけしか知らないなぁ……」


 女の子ーーーらいむはヘンゼルとグレーテルの本をぎゅっと抱きしめた。


 「このままだと私たち、本当に死んでしまうかもしれませんわ」


らいむはヘンゼルとグレーテルの内容を知らないましろに、物語の序盤について詳しく説明してくれた。


 「ーーーええと、それじゃあこのままだと、ぼくたちはいつか、森の中に置き去りにされるってこと?」


 らいむの説明によれば、この木の小屋に住んでいる夫婦はお金に困っていて、小さな子供たちを育てられなくなっている。

 木こりの父親は、何かと理由をつけてヘンゼルやグレーテルを森へと連れ出し、置いて行く機会を伺っているが、母親には黙っている為、母親は子供たちを心配して森に探しに来てしまい、そのおかげで2人は森に迷わず小屋に無事に帰れている段階だと言う。


 「おとぎ話は言い伝えなので、バージョンがいくつかありますの。でも、この小屋の本棚で見つけた本の物語は、父親が子どもたちを森に捨てることになっていますの」


 らいむは本を抱きしめて、声を震わせましろに問いかける。


 「行く宛てがなくても、早くここからはなれて逃げたほうがいいと思って、そうしたこともありますわ」

 「ためしたんだ」

 「ですが、この森から出ることができなかったのです。母親か父親、どちらかに森の中で見つかって連れて帰られる……。それを繰り返して8回ほどでしょうか。そこで、ようやく変化が起こりましたの。あなたが現れたことですわ」

 「もとの、というか、それまでいたヘンゼルは?」

 「あなたと入れちがいで、出てこなくなりましたわ」

 「……」

 (異世界でないなら、幽霊か何かに化かされている?それとも本当に、本の中の世界にいる?)

 「それ、見せて」


 ましろはらいむから本を受け取ると、1ページから順に読み始めた。ページを捲る音が室内に響く。最後の内容まで粗方頭に詰め込んで、本をらいむに返す。


 「何かわかりましたの?」

 「いや、ぜんぜん。あ、ヘンゼルとグレーテルのおとぎ話は読んだことがなかったから内容はわかったけど」


 ましろは少し考え込むと、らいむにある提案をしてきた。


 「キミは最初から8回も森から出ようとしたの?」

 「もちろんですわ。ヘンゼルとグレーテルの話は読んだことがあって、すぐにここがあのおとぎばなしの中だとわかりましたの。急いでここからはなれようとーー」

 「じゃあ、今度は最後までお話しを続けてみよう」


 あっけらかんと言うましろに、らいむは口をぱくぱくさせた。


 「あ、あなた!本当にこの本を最後まで読みましたの?最後の部分だけ私が知ってるのとちがーー」

 「大丈夫。今度は2人いるんだから。怖くないよ」

 「そういう問題!?……いえ、そういう問題、ですが……」

 「同じ行動を繰り返して、何も変わらないんじゃ意味がないからね。……ぼくがヘンゼルとして来たことから、キミが8回目にそれまでとはちがう何かをしたってことじゃないかな?」


 ましろに聞かれたが、らいむはぷいっとそっぽを向いて答えなかった。何度も森を出ようとして、上手くいかないからと8回目でヘンゼルに泣きついたことは、プライドが高いらいむは今知り合ったばかりの男の子に言うことが出来なかった。


 「今日は置いて行かれそうなところを連れて来られたから、明日同じような状況になるってことかな。……とりあえず今日は寝よっか?」


 言うなり、ましろはランドセルを置いて用意されていたベッドに入るなり寝てしまった。らいむは1日目から父親や母親、ヘンゼルを警戒して、上手く寝付けなかったというのに。


 「た、たしかに少しは落ち着けましたけど……」


 (自分側から見れば)本の中の登場人物で、妹のグレーテルの頼りになる兄のヘンゼルでさえ信用出来ずにいたところ、自分と同じように本の中の世界に入り込んでしまった人物が来たことで、らいむの周りへの警戒心が少し緩む。

 らいむも本を置いてベッドの中に潜った。それでも少し不安だった為、ましろの手を握る。低体温なのか、少し冷たいが、鼓動を感じて心が落ち着き、らいむは久々に深い眠りについた。


◇◇◇


 「今日も子供たちに薪運びを手伝ってもらうことにした」


 朝になり、2人がベッドから起きて身支度を整えると、父親が木こりの仕事に行く用意をしていた。


 「お弁当は?」

 「いらん。子供たちの分もパンでも詰めて持って行く」


 父親はパンときのみ、そして水を食料を入れる袋に人数分詰めている。


 (いきおいでああいう風に言っちゃったけど、本当にぼくがどうにか出来るかなぁ……)


 異世界転生、というジャンルが好きなクラスメイトは「異世界転生をした主人公は何らかの特殊な力を持っている」と言っていたーー気がする。


 (ええと、ぼくがヘンゼルってことは、ぼくが主人公なわけだけど)


 ましろが不安に思っていることはただ一つ。『自分じゃなにも出来ないかもしれないこと(特殊な力を何も携えていないこと)』だった。

 らいむから借りた本を読んだ限りでは、ヘンゼル自体なんの特殊な力を持っている主人公ではなかった。


 (まぁ、これから先とか、危険が迫ってきた時に何か特殊な力に目覚めるかもしれないし……)


 これ以上、らいむを不安にさせない為にも、ましろは不安になるようなことを言わずに黙っておくことしか出来なかった。


らいむが読んでいた本の序盤に書いてあった通り、ましろたちは父親に森の中に置き去りにされそうになった。

 ましろは本の内容を思い出し、予め自分の昼食用のパンを小さくちぎって家の位置を見失わないように地面に落として進んだ。

 しかし。


 「……食べられてますわね。カラスに」

 「本に書いてあった通りだね」


 自分は月影ましろであり、ヘンゼルではない。だから『ヘンゼルのようにパンを道標にしても、カラスには食べられたりしない』と、考えて実行したことだったが、どうやら予想が外れてしまったようだ。この本の世界では『ヘンゼル≠月影ましろ』になっているらしい。


 (ヘンゼルには特殊な力とか、魔法とかは使えなかったよね……)


 どうせなら不思議な力が使える主人公であれば「こんな原始的なことをしなくても問題を解決できるのに」とましろは心の中で落胆する。

 日が暮れてきた。深い森の中の夕暮れは薄暗い。我慢をしていたが道標にパンを使ってしまった為、ましろはお腹も空いている。らいむが昼食にパンを分けようとしてくれていたが、こんな状況で女の子に甘えるわけにはいかない、と思い断った。お腹が鳴らないのは幸いである。


 「……甘い匂いがする」


 お腹が空きすぎた為の幻覚かと思ったが、ヘンゼルとグレーテルの内容を思い出した。確か2人は森で道に迷った末にビスケットやクッキー、生クリームなどで作られたお菓子を見つける。


 「ーーー本当にありましたわ!お菓子だけで作られた家!」


 らいむの驚き様を見る限り、お菓子の家を見つけた展開になったのは初めてのようだ。


 (でも、ここからのストーリーが問題なんだよ)


 らいむがループから抜け出せたのは良いことだが、本当に危険なのはお菓子の家を見つけた後からだった。


 「……少しだけなら、いいよね?」

 「ましろさん?」


 食べてはいけない。食べたらヘンゼルとグレーテルの展開をなぞってしまう。そう思ってもお菓子の家を目の前にした途端、歯止めが効かなくなったかのように、ましろはお菓子の家からビスケットをひとつまみする。壁としてクリームで付けられていた部分。

 ひとかじりするとビスケットの香ばしさとクリームの甘さが混ざり合い、口に広がる。


 「ちょっと、ましろさん!食べたらダメだったのではなくて!?」


 らいむがましろの腕を掴むが、すぐに振り払われて効果がなかった。細い体型とはいえ、育ち盛りの男の子であるには変わりない。力の差でらいむはましろがお菓子の家の一部を美味しそうに食べ続けるのを眺めることしか出来なかった。

 らいむはそんなましろを見続けても、一緒にお菓子を食べる気にはなれない。

 現状、本の内容をなぞる通りに動いてしまっている。自分はこれから、本の内容とは何か違うことをしたほうが良いのだろうか。らいむが声をかけてもましろは何かに取り憑かれたようにお菓子を食べることに夢中で、聞こえていないようだ。

 らいむが後退りしてお菓子の家の前から逃げ去ろうとした、その時。


 「あれ?私のお菓子の家を食べてるのは誰でしょうか?」

 「!?」


 背後で誰かにぶつかった感覚に、らいむが思わず振り向くと本の内容に描かれていた魔女ーーにしては若い、三つ編みの魔法使い風の女性が立っていた。


 「ーーーむぐっ」

 「しっ、静かに。私の言う通りにしてくれると、助かるかな」


 叫ぼうとしたらいむの口を掌で優しく塞いで、女性は優しく微笑んだ。


 「こら、そこの男の子!私のお菓子の家を勝手に食べるなぁ!」


 全く怖くない怒り方をする女性のほうを振り向いたましろは、丁度ドアとして付けられていた板チョコをどうにかして食べようとしている最中だった。


 「3時でもないのにお菓子を勝手に食べる悪い子は牢屋に入れてしまわないと!」


 若干芝居がかった風に言うなり、女性はらいむとましろの襟首を掴んでお菓子の家の中へ入る。中も想像通りビスケットやクッキー、板チョコなどをメインにお菓子で出来ていた。2人は薄暗い空間に放り込まれる。ポッキーで作られている牢屋だ。


 「暫くそこで盗み食いしたことを反省するように」

 「まっ、待って!」


 らいむは女性に説明を求めたが、女性はチョコレートで作られた錠をかけると2人を置いて何処かに行ってしまった。


 「うーん……、どう見てもポッキーやチョコなのに、ここだけ硬く作られてて食べれないや」


 ましろが手に力を入れても壊れないポッキーの牢屋の中で2人はへたれ込んだ。らいむは気を張っていた疲れによる疲労感に襲われる。


 「どうしましょう……!本の内容通りなら、わたくしはこれから魔女の仕事のお手伝い……」

 「ぼくは何日かあとに、魔女に食べられちゃうんだっけ」


 痩せの大食いって言われたことがあるから太らない自信があるんだけどな。なんて冗談を言うましろの様に、らいむは状況を楽観的に見れなかった。自分もましろも、本の中に迷い込んだ、魔法も特殊な力も持っていないただの何も出来ない小学生だからだ。


 「わたくしのせいですわ……。わたくしのせいであなたが」

 「キミのせいじゃないよ」


 どうしてこの男の子は自分より落ち着きがある上に、自分の気が楽になれることばかりを言ってくれるのだろうか。


 「この先、ぼくは不思議な力が使えるようになるかもしれないし、もうしばらく様子見しようよ。まぁ、そのくらいしかできないんだけどね」


 らいむには今の状況でもましろが充分魔法使いに思えてくる。自分の心を落ち着かせてくれる魔法使いだ。


 「とりあえず、今は食べる物に困らなくなったからしばらくの間は大丈夫」


 ポッキーで作られた牢屋の中にあるお皿やティーカップなどのものも、お菓子で作られているものだった。ましろは置かれていたカップの中の紅茶を飲み干すとカップの縁をかじってみせる。これらは普通に食べられるようだ。


 「ひとつ気がかりなのは、キミに見せてもらった本に出てきたおばあさんの魔女じゃない、若い魔女さんだってこと」

 「そ、そういえば、先程「私の言う通りにして」と……」

 「うん。じゃあそうしよう。悪い人じゃ無さそうな雰囲気だし」

 「そんな簡単に……!」

 「ーーーじゃあ、キミは他に何かいい案でもある?」


 森の中を歩き疲れて呑気に欠伸をし始めたましろに、聞き返されてらいむは言葉に詰まる。現状、時間経過でましろか自分が不思議な力に目覚めることを祈る、あの魔女のような女性を信じることの二つしか出来ないもどかしさをらいむは抑えた。


 「お菓子の家で寝れるなんて経験、滅多に出来ないよ」

 「……」


 しかし、シーツもお菓子で食べられると思ってかじったましろが眉を顰め、そのまま寝てしまった。

 らいむも後から真似してかじったが、シーツはクッキングシートで出来ていたことがわかった。


◇◇◇


 「ここを出るまで理由は話せないの。怪しいと思われるのはわかってるけど、今は私を信じてほしいな」


 本の中で過ごした次の日、ましろが女性に尋ねると、女性は丁寧に返してくれた。話したいのは山々だが話せない。そんな雰囲気をましろは読み取った。どうやら女性も本の内容に沿って動いているらしい。

 女性はらいむを牢屋から出して、掃除やお菓子以外の食事作りなど、自分の身の回りのことを手伝わせた。ましろはらいむが用意した食事を食べることになったのだがーーー


「……?」


 コーンスープを一口飲んでも味がしない。肉を食べても、魚を食べても味がしない。

 流石にこれはおかしいと思い、ましろは女性に食事の味がしないことを告げた。女性は複雑な表情をしてましろに告げる。


 「ごめんなさい。一足遅かったみたい。その症状は元居た筈の魔女の呪いかもしれないの。私には治せない」


 他に変わったことはないかと尋ねられ、ましろはお菓子を目の前にすると異様な感覚に襲われることを話した。お腹がいっぱいになるまで食べればそれは治る。お菓子の味はちゃんとわかることを女性に話した。


 「ましろくん……、じゃなかったヘンゼル、ちゃんと食べて大きくなってね」


 女性は芝居がかった態度に戻って去ってしまう。まさか魔法や特殊な力に目覚めるどころか、呪いを授かってしまうとは。


 「……でも、普段とそんなに変わらない、かも?」


 事情を話すと女性はケーキとお菓子で出来たアンティークを追加で持って来てくれた。お菓子じゃないものの味がわからなくなっても、食べれないわけではない。

 それよりも、ここから2人で無事に出られるかどうかの方が重要だ。


◇◇◇


 一週間ほど経ち、女性はましろをポッキーで作られた牢屋から出した。

 ましろがらいむから借りて読んだ本の最後はーーーヘンゼルとグレーテルが魔女にかまどに入れられて食べられてしまうという結末。


 「ヘンゼル」


 らいむのように鍋で食事を作る手伝いをさせ始めたましろに、女性は小さく囁いた。


 「私をかまどに突き落として」


◇◇◇


 「ーーーそうして、ボクは彼女の言う通りにした。彼女が物語ソネットを顕現展開させていた役にすり替わっていたから、物語ソネットに攫われたボクらがあの空間から出るにはそれしか方法がなかったんだ」

 「ーーーそ、そんな……。じゃあ、ましろさんは」


 では、目の前で食事をしているましろは、仕方無しとは言え人殺しをしてしまった人物ーーー林檎は息を飲み込む。


 「うーん……。当時の状況を上手く説明出来ないところなのは分かり切ってるんだけど……。『自ら魔女役になっていた彼女は蘇りました。』ーーーで、事実上魔女が死んだからめでたし、めでたし。それでボクらはヘンゼルとグレーテルの物語ソネットから解放されたんだ」

 「???」


 クエスチョンマークを並べている林檎に、来夢がわかりやすく説明する。


 「その女性は本部から派遣された『不死能力』を以前の物語ソネットから得た、もとい呪いで手に入れてしまった女性だったのですわ。つまり、本部はヘンゼルとグレーテルの物語ソネットを回収する為に、適切な人材を派遣していたということですの」

 「あのー、とりあえず食事中にするような話じゃないよね。いや確かに食は絡んでるけどさ」


 既にましろから聞かされ、話の内容を知っていた鵜久森うぐもりから嘆きの声が上がる。


 「ましろさん、甘いものが好きなのかなって思ってましたけど、まさかそんな事件が関係してたなんて……」

 「はいはい。このお話は今はとりあえず終わりってことで。せっかく作った料理が冷めちゃうよ」


 鵜久森は料理好きの為、料理は美味しく食べてほしいが故の声だった。

 途切れ途切れ説明されたましろと来夢の関わった過去の事件を聞いて、改めて林檎はまた思わぬ危険が迫ってくるかもしれないことに、自ら関わることを決意したのだと実感した。


 「……」


 ましろは林檎に何か言いたそうな表情をしたが、首を振る。

 また鵜久森にうるさく言われて中断されるのが目に見えている。またの機会に言おうと決めた。

 気を取り直してましろは砂糖を多めに甘く煮込まれたロールキャベツを口に入れた。


 「まぁ、別に甘いもの以外の料理が食べれないわけじゃないんだ。甘いもの以外は食べた気がしなくなるだけで」

 「でも、それだけではありませんわよね」

 「言霊スペルの火力のこと?確かに甘いものを食べれば威力が上がるけど、みんなそういう気分的なものじゃないの?」

 「わたくしは甘いものを食べてもスペルの威力は上がりませんわ。……ですが、何かイメージ的なものが必要と言われれば、その通りですけど」

 「じゃあボクはそのイメージするものが甘いものってことかもね。どうせならお菓子が出る能力だったらよかったのに。火の能力だから、お菓子を一から作らないとダメなのが面倒だなぁ」

 「こらこら。料理には作る楽しさがあるんだ。食べるのが専門だからって、それは聞き捨てならないな」

 「うっ……、すみません」


 料理好きの前で少し本音を言い過ぎたと思い、ましろは鵜久森に謝った。

 普段、アーバン・レジェンドでたまに出るまかないスイーツは鵜久森から貰っている為、鵜久森の機嫌を損ねてまかないスイーツが貰えなくなるのはましろにとっては重大なことだった。

 ほぼ食べるのが専門なましろにとっては料理をする楽しさがイマイチわからないことは、取り敢えずおいておこう。


 「その……、言霊スペルとやらはもしかして私も使えたり……?」

 「うーん、どうなんだいラプス?」


 おずおずと林檎が疑問に思っていたことを、ましろから振られた小動物はキリリとした表情かどうかもわからない眼差しを林檎に向けた。


 「うん。林檎からは最低限しか物語ソネット粒子を全く感じない。つまり何の能力も覚醒とかする予兆はまだないよ」

 「そうなんですか……」

 (なんとなくそう言われる気はしたけど、つぶらな瞳でそうはっきり言われると何か残念……)


 という本音を隠し、林檎は薄らと笑う。


 「じゃあ、とりあえず物語ソネットに関わることよりも、カフェのお手伝いから、ということですね」

 「そうなるね」

 「今日は引っ越して来たばかりで疲れていただろうに、カフェの手伝いをさせてしまってすまないね」


アーバンが食器を片付ける最中、林檎と来夢らいむに謝る。


 「いいえ。これから住まわせてもらうには、これくらいのことはしないと」

 「このくらい、物語ソネット退治に比べればなんでもありませんわ」


 今日の夕飯をアーバン・レジェンドの宿舎に住む人々が一緒に集まって迎えるようになったのは、「ここに住むからには体に良い食生活を」という来夢や林檎の呼びかけによるものだった。

 本来は鵜久森がする筈だったカフェの接客を来夢と林檎が変わり、綺羅々と3人ですることでましろはまともな夕飯にありつけた。鵜久森はましろの甘党事情を知っている為、ましろの分の料理だけ砂糖を加えて甘めに味付けしてある。

 それに加え、鵜久森がまだ何かを用意しているような素振りで話し始めた。


 「ふっふっふっ。今日接客を変わってもらったからさー、久々に僕が買い出しに行ったら、なんと夕張メロンが半額になってたんだ!」

 「な、なんだって……!」


 ましろの目の前に鵜久森特製デザートのメロンパフェが置かれた。


 「みんなにはこっち。初めて作ったけど、組み合わせは悪くない味だね」


 そう言って鵜久森は丸くて広い皿にシュークリームをたくさん乗せて運んでくる。先程の前振りからして中身は生クリームでもカスタードでもなく、メロンクリームだろう。


 「わあ。ありがとうございます」

 「貴方……、女子顔負けの料理の腕をお持ちのようで。羨ましい限りですわ」

 「うぐが料理を始めたのは、アーバン・レジェンドに来てからなんだってさ。いつの間にかアーバンさんより料理が上手くなっちゃって、今じゃレシピを渡せば何でも作ってくれるよ」


 もしゃもしゃとシュークリームを頬張りながら、綺羅々が言う。


 「客に提供する料理と夕飯メニューの豪華さが入れ替わったのは今日だけだ。一応、林檎くんが仲間に増えたのはましろくんのお手柄だからね」

 「わあ。ありがとうございます」


 既にメロンパフェに手をつけているましろをやれやれ、と肩をすくめながら見つつ、アーバンはスマホを取り出した。


 「あと、本部からもましろくん、と言うよりもましろくん達にプレゼントがあるんだが……」

 「え?」


 アーバンがみんなに見せたスマホの画面には、近場にあるテーマパークのパスチケットが表示されていた。


 「林檎くんの両親が経営していたホテルは、改装して本部の拠点のひとつにすることは話したね。その御礼がこのチケットだろう。テーマパークに行く歳でもない私の分は断ったが、親睦会も兼ねてみんなで行ってくるといい。来週から有効のものだから、それぞれ予定を空けておくように」

 「テーマパークかぁ。どんな甘いものがあるんだろう……」

 「ましろさんはそればっかりですわね。仕方ないのは分かり切ってますけど。もっとこう……いろんなものがあるでしょうに」


 ホテルや専用レストランで出るスイーツのことをもう考えているましろに、来夢は冷ややかな目線を送る。


 「あ、あの、お店の方は!?」

 「カフェの方は2日ほど休業日にしようと思ってるよ。夜のバーは元々ひとりで殆どやってるから営業するが……。なあに、物語ソネット退治屋の一員になったからなんて気にすることはない。折角本部がくれた機会なんだ。普通の学生気分で楽しんでおいで」

 「……はっ!」


 アーバンの目配せで林檎だけでなく、自分にも言っているのだと気付いた鵜久森は綺羅々を見る。

 綺羅々はゲームのやり過ぎか、寝不足のようにぼんやりしているが、先程のアーバンの話は聞いていたようで、ほんの少しだけ微笑んでいる。断るような気配もないから、彼女もテーマパークに行くのだろう。


 「来週かぁ……!楽しみだなぁ」


 テーマパークに行く人数は5人。


 『勿論、ペットの同行はOKなんだろうね』


 訂正すると、5人+1匹となった。

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