第五章『朝食会談』
第五章『朝食会談』
「お兄様、粗食は身体に悪いわよ」
朝食の席で、向かい合いながら座ったミリーは、カラルの目の前に並べられた食事を見て、わざとらしい声で窘めてくる。
「余分なエネルギーは不要だろ?」
そう言いながら、カラルはコーヒーを口に含む。
目の前には、コーヒーとサンドイッチが数切れだけ置いてある。
普段であれば、朝食については、それなりの量と質を求めていたが、目の前の女との会談を好きなタイミングで打ち切るために、あえて今朝の食事は控えめにすることにする。
「そうは言いますが、明らかに足りていないとは思いますが」
そう言いながらミリーは、落ち着いた表情で紅茶を口に運ぶ。
彼女の前には、オムレツ、サラダ、パンが次々に置かれ、それを彼女は次々と口に運んでいく。
「それで、今日は何の用だ?」
サンドイッチの最後の一切れを口に運び、そのまま彼女に問いかける。
これで、食堂での用事は済んだ。
後は適当なところで、この会談を切り上げるだけでいいだろう。
ミリーの後ろには、彼女の護衛も兼ねた五名の従者たちが控えている。
それに対し、こちらの後ろには、秘書代わりに使っているメイドの一人が控えているだけである。
圧倒的な戦力の差。
無論、彼女がここで何らかの行動に出る可能性は低いであろうが、この家における自分との立場の違いを見せつけられているようで、カラルは非常に不愉快であった。
「あら、お兄様。お互いに多忙な身。滅多に話すことも儘ならないからこそ、たまには兄と妹で、軽く交流をしたいと考えただけですよ」
そう言いながらミリーは、オムレツのお代わりを催促する。
「心にもないことを。それにこっちは、話したいと等、無い」
肥え太って、その自慢の美貌が無くなればいいのにと思いながらも、その言葉を口に出さず、別の言葉を彼女に返す。
「そうですか、残念ですわ。あら?お兄様のお皿が空よ。貴方、私と同じものを出してあげて」
大して残念そうでもない言葉と共に、オムレツのお代わりを持ってきたメイドに、手短に指示を出し、ミリーは目の前の皿の料理に手を付け始める。
「結構だ。余計なことをするな」
機嫌悪く言葉を返し、席を立とうとする。
同時に、会談を一方的に打ち切ろうとする態度が、自身の主が侮辱されたと判断した彼女の従者達が苛立ちを隠そうともせずに色めき立つ。
先程からこちらに敵意を向けている優男等は、カラルが彼の主であるエリート同様、この家の主の一族であることすら忘れているようであった。
「一週間前に襲撃を受けてから、変わりましたね。お兄様」
だが、席を立ち、そのまま部屋を出ようとしたカラルの足は、ミリーの言葉によってその動きを止めることとなった。
こいつは、あの日の事をどこまで知っているのか?
「何のことだ?」
自分の身体に起きた変化、それに気づかれているのか。
その動揺を顔に出さぬように気を付けながら、カラルは無表情で言葉を返す。
「いえ、とりあえずお掛けになられては?」
ミリーは、いつの間に平らげたオムレツの皿を端に寄せながら、こちらに話しかけてくる。
紅茶を何食わぬ顔で飲むその表情からは、カラルは、何も読み取ることができなかった。
「それで、何のことだ?」
落ち着いた様子を装いながら椅子に腰かけ、再度ミリーに問いかける。
後ろのメイドが、あまり時間がないことを示す合図を見せてくるが、それを無視して目の前の妹との会話を優先させる。
「いえ、大した話ではないですよ。ただ、あれだけのことがあったことを差し引いても、今の貴方は、どこかおかしいんですよ、お兄様」
そう言い、ミリーはこちらに冷たい目を向けてくる。
その視線は、こちらの心の奥深くまでに入り込んでくるように鋭く、考えを読ませなかった。
「そりゃあ殺されそうになったんだ。こうもなるだろ」
何が理由か分からないが、彼女は何かに感づいている。
恐らく、自分の身体に起きた変化には気づかれていないだろうが、その何かが分からない以上、適当にごまかすしか方法はなかった。
「犯人は、まだ分かっていないんですか?」
ミリーは、探るような目をこちらに向けてくる。
「俺が分かっていれば、そっちの耳にも入っているだろう?」
つまらなそうに言葉を返す。
実行犯は始末済み。
だが、当然にいるであろう、黒幕については五里霧中という状況であった。
自分でも理解をしていたが、カラルは、目の前の妹以外にも、あまりにも恨みを買いすぎていた。
「お前、何か知っているんじゃないか?」
少し、ドスを利かせた声で、目の前の妹を詰問してみる。
同時に、彼女の従者達が、こちらに一層強い敵意を向けてくる。
だが、その敵意を無視するように、カラルは妹に疑いの目を向ける。
少なくても、彼女がこの件に関わっているかどうかは、知っておきたい。
「…知らないわ」
一瞬視線を絡ませると、ミリーは顔を背け、否定の言葉を返す。
感情の込められていない声。
本当に知らないのか、それとも知っているからこその応えなのか。
どちらかは分からない。
「ゴホン」
メイドがわざとらしく咳をする。
次の予定時間が本当に差し迫っているのだろう。
「そうかい。わかったよ」
ミリーの横顔を軽く観察し、カラルは立ち上がる。
従者たちは、判断を仰ぐように自身の主に一瞬視線を向け、その様子から会談は終わりと判断をしたのだろう。
敵意こそ向けてくるが、立ち去るカラルに声をかけてくるものはいない。
何も得ることがない無駄な会話と時間。
むしろあの女と関わったことで、朝食を食べ損ねたことに苛立を感じながら、カラルはメイドに促されるまま、今日の取引先に向かった。




