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マライサアの瞳が紫色に光る~かつて大陸の覇者であった民族の末裔は、蔑まれながらも抗い続ける~  作者: 成吉灯篭


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第一章『愚かなカラル』

 第一章『愚かなカラル』


「くそ。どうしてこうなった」

 カラルは、誰かに聞かせるわけではなく悪態をつく。


 目の前には、顔をグチャグチャに潰された女の死体。

 そして自分の左胸にはナイフが刺さっており、右の脇腹と背中は、同じナイフで目の前の女に刺された深い傷がある。


 目の前の女の死体については、何も思うことはない。

 自分の身体にナイフを突き立て、こちらを殺そうとしてきた女に対する同情などなかったし、そもそも目の前の女の顔を潰し、息の根を止めたのは自分である。


 だが、これだけの致命傷を与えられ痛みを感じていながらも生きている自分の身体。

『だから、これが私の祝福だよ。わかったかい?』

 そして、頭の中で響く女の声。


 しかしこの狂ったような状況は、確かに現実のことであったし、カラルは、どうしてこうなったのかを理解していた。

 最も、ほんの数時間前までは、このような事に巻き込まれるとは、カラルは全く考えてはいなかった。



 工業大国として名高い、ソラト王国。

 かつて連合大部隊で武器の生産と補給を中心として担ってきた五大国家の一つ。


「日が暮れる前の注文は特別価格だよ!あんちゃん、寄ってかないか?」

「お兄さん、うちは可愛い娘が揃っているよ!」

「そこの坊ちゃん、嬢ちゃん。恋人同士で特別ディナーはどうだい?」

 そんな国の首都だからだろうか。

 まだ夕方頃にも関わらず、立ち並ぶ店からは、どこか品の無い呼び込みの声が響き、それに誘い込まれるように労働者達が各々の行きつけの店に入っていく。


「あら、そこのお坊ちゃん。よかったら、こっちに来て遊んでいかない?」

 そして一人の売春婦が目を付けたのは、そんな道をとぼとぼと歩いている、身なりが良さそうな男であった。

 金を持っていそうで、どこかイライラしたよう様子を見せるその男は、彼女からしたらちょうどいいカモであった。

 そんな獲物を捕らえるため、誘い込むような流し目を向けながら距離をつめ、その身体に手を這わせる。


「ちっ!触れるな!」

 瞬間、その手が乱暴に弾かれ、彼女はバランスを崩して倒れこむ。


「痛っ!何をするんだい!あっ、待てって!」

 突然の狼藉に彼女は怒り、そのまま立ち去ろうとすると男に怒鳴りつける。

 そんな彼女の様子を見て、店の関係者らしい大柄な男達が立ち去ろうとする男を止めようと近づくが、その顔を見ると、諦めたように首を振りそのまま男が立ち去るのを遠目に眺めている。

 その様子を見た彼女は、納得いかないように口をとがらせるが、一人の男が耳打ちをした言葉に、驚愕の表情を浮かべ、そのまま黙り込むと、気を取り直したように、別の獲物を求めて立ち去っていく。


 そして今の騒ぎで、若干静寂が支配した街並みは、そのまま何事もなかったかのように喧騒を取り戻していった。


「くそ。騒々しい」

 そんな街のメインストリートを、不機嫌そうに呟きながらカラルは歩く。


 銃と砲。

 これらの兵器を今なお、周辺他国より大量に生産をし、他にも多様な工業施設を保有しているソラトは、今なお大国の一つとしてこの地に君臨をしていた。

 だがその実態は、一部の地域を除き、国土中に設置された多量の工業施設により環境汚染が凄まじく、そしてそのような劣悪な環境に住む貧民たちを労働力として成り立つ歪なものであった。


 そして、そんな劣悪環境の中でも、一際汚染が進んでいるとされる地域にあるスラム街。

 厳しい工場労働でも特に劣悪できつく、そして給料も安い仕事を割り当てられたような者達が多く住まうような地域。


 こんな国であるからであろうか。

 国民の差別意識は強く、少しでも自分達より下の立場の者を見つけ、それらを迫害する様は、他国以上に苛烈であった。


 しかしカラルは、幸いにも、そんな国家で比較的裕福な生活を送ることができる立場に生まれることは出来た。

 最も、彼には彼なりの悩みがあったが。


 商人系貴族であるアラルスター家は、元々ソラト国内では、中堅貴族に過ぎなかった。

 だが二十年前に周辺複数の国家が共同で行った鉄道事業が持ちあがった際、当時の当主は多額の出資を行った。

 最も、当時この出資は非常に愚かな選択として、世間の目には映っていた。

 何故なら決して良好の関係とまで言えない複数の国家が関わる交通網に関する事業計画という事もあり、当時、国内ではこの計画は失敗するであろうという見方が強く、実際ソラト王国では、この計画を進めるための予算の確保に苦労をしていた。

 故に王国は、この鉄道事業の出資の見返りとして、かなりの好条件の配当を提示した。


 それでも多くの者達は、この事業の失敗を予想し、王国への最低限の義理としての出資のみを行うのみであったが、いざ事業が始まると、鉄道網は無事に完成し、その収益は莫大なものであった。

 鉄道は、その後も拡張を続け、今や大陸横断鉄道とも言うほどの規模となっていた。

 そしてアラルスター家は、鉄道事業が生み出す莫大な利益を配当として受け取る権利を有することとなった。

 かくして、鉄道業による安定的な莫大な収益と、当主の才覚もあり、アラルスター家は、ソラト王国内でも有数の有力貴族として名を馳せることとなった。


 そんなアラルスター家の長子であるカラルは、いずれ、その莫大な財産が自然と手に入るものであると考えていた。

 そうあの時までは。


 自分自身でもわかっていたが、カラルは平凡でつまらない男であった。

 特別、学が有るわけでも無く、剣術は中の下。

 多少魔術の心得こそあるものの、決して天賦の才があるわけではない。

 少し商売のことは分かっているが、そこまで目利きが効くわけではない。


 だが、それらを覆すのが、アラルスター家の跡継ぎという立場であった。

 最低限の事さえできれば、後は、莫大な富と、鉄道網が、自分の価値を押し上げてくれる。


 しかし、そんな彼にも二つの弱味があった。

 一つに、彼は、庶子だった。


 彼の母は、この家に務めるメイドの一人であった。

 だが、ある時、アラルスター家の当主である彼の父が戯れに抱き、カラルが生まれた。

 そして当時他に子供がいなかったアラルスター家において、彼は養子として迎えられた。


 しかし、ある時その平穏は急激に崩れ去った。

 数年前、父に隠し子の存在が明らかになったのである。


 勿論、ただの隠し子であれば正式な養子であるカラルを脅かすことはなかったであろう。

 だが、自分より三歳ほど若いその妹は、非常に聡明であった。

 そして一部の勢力が、彼女を父の血を継いでいるということを理由にアラルスター家の後継者として祭り上げようとし、そしてあろうことか、父もその流れに迎合するような動きを見せたのである。

 現に、数年前までは、あくまで家の外に置かれていた畑違いの妹であったが、昨年、彼女は正式に認知をされ、この家に迎え入れられた。

 後継者としての資格を得たのである。


「くそが」

 そんな腹立ちを紛らわすように、目についた店の戸をくぐる。

 彼の身分からすると明らかに格が低いバーであったが、このムシャクシャした気持ちを静めるには、酒の力が必要であった。


 カラン。

 少し古びた店の戸に付けられた鐘が、予想よりも軽快な音を立ててカラルの来訪を店内に告げるが、店の中にいる者達は、軽くこちらを見るだけで、すぐに興味を無くしたように自分の飲み物へと目を向ける。

 そのことに腹立ちを感じながらも、ふと店内に飾られた鏡に映った自身の顔を見て、カラルは表情を曇らせた。


 そこには、明るい青色の右目と共に、自身の毒々しく濃い紫色の瞳を宿した左目が映っていた。


 腐った色と言われた、マライサアの民特有の紫色の瞳を持つカラル。

 それが、カラルの二つ目の弱味であった。


 かつての大陸の覇者。

 そして今は、迫害をされている民族の末裔。

 その血は今は薄まり、カラルのルーツを示すのは、左目の色のみであったが、多くの人々は、その腐った色と言われた、紫色の目にまつわるルーツを忘れていなかった。


 そして、その血筋が示す出生は、有力貴族の跡継ぎという身分と共に、周囲からの蔑みの視線を彼に与えていた。


「おいおい。ここは、あんたみたいな貴族様が来るべき店じゃねーよ。悪いが出て行ってくれないか?」

 そして、そんな彼への周囲の態度を示すように、席に着いたカラルにガラの悪い傭兵風の集団が絡んでくる。

 リーダー格のでっぷりとした男の視線は、店に似合わぬ闖入者である貴族に対する嫌悪感ではなく、カラルに対する露骨な蔑みをはっきりと映していた。


「金はあるんだ。ほっといてくれ。それとも、お恵みでも欲しいのか?ほらよ」

 そう言いながら、カラルは、懐から銀貨を一枚だしデブの足元に投げ飛ばす。


「いや、お貴族様は歓迎さ。特に金払いの言いお貴族様はな。だがな、腐った目の色は例外だ。酒がまずくなってしまうからな」

 デブは銀貨を拾いながら、仲間とわざとらしく笑いながら、部下の一人が持っている飲みかけの酒瓶に手を伸ばす。


 その動きの意味にカラルが気が付いた時は、既に手遅れであった。


 バシャン。

 激しい水音と共に、カラルは頭から酒をかけられびしょ濡れとなる。

 そして一瞬遅れて、癖の強い安酒特有の質の悪いアルコールの臭いが周囲に立ち込める。


「ほらよ。これがもらった金の分の酒だ。さっさと出て行きな」

 そう言ってデブと仲間たちは、大声で笑う。


 多勢に無勢、本調子じゃない体調といった様々な要素が頭の中を駆け巡り、彼に落ち着いてこの場を離れるように警報を放つ。

 だが、妹の件もあり非常に苛立っていたカラルには、そのような頭の中を警告を聞き入れる余裕はなかった。


「?あぁやるのか?!」

 怒りに満ちた目で、周囲を睨みつけながら立ち上がったカラルに向けて、デブの取り巻きの一人が噛みつくように怒鳴ってくる。

 同時に、カラルを囲んでいる男達も、自分達の武器を取り出し、こちらを睨みつけてくる。


「おい、あんちゃん。金の分の酒はくれてやった。ここは、あんたみたいな、お貴族様が飲む場所じゃねぇ。さっさと帰りな」

 リーダー格のデブは、こちらを諭すように、落ち着いた声でチャンスを与えてくる。

 そう、向こうとしても、貴族等と揉め事を起こすことは好ましくないのである。

 最も、意味なくこちらを帰したとなれば、自分達の面目は丸つぶれである。

 だからこそ、目の前のデブは、折衷案として、自分達の面目を保ちつつ、カラルに穏便に帰るための流れをつくったのであろう。


 カラルも、そのことは十分に理解していたし、ここで命を懸けて無駄な争いをしたいという気持ちがあるわけでもなかった。

 だが、その時の彼は、非常に苛立っていたし、自身にかけられた酒の匂いが、その怒りを更に高めていた。


「おい、豚野郎。人間様の真似事もほどほどにしろよ」

 そう言い切った瞬間、カラルは頭に強い衝撃を感じた。

 いつの間にか、後ろに回り込んでいたデブの取り巻きの一人が、彼の後頭部を椅子で思い切って殴ってきたのである。


「おらあ!」

 瞬間、バーに居た多くの男達が、こちらに襲い掛かってきた。

 多勢に無勢。

 カラルが、反撃をする間もなく、彼はあっけなく組み伏せられて、そこから延々と殴る、蹴るとリンチをされることとなった。


「おい、生きてるのか?」

 しばらくして、カラルがぐったりとすると、デブが心配そうにこちらに声をかけてきた。


「ぐっ、ぐあ」

 身体中が痛み、まともに身体を動かせず、話すこともできないカラルが、声にならぬ声を上げると、デブは露骨にほっとした表情を浮かべた。


「捨ててこい」

 こうしてカラルは、そのままデブの部下二人に引きずられて、路地裏に投げ捨てられたのであった。

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