第十二章『振り出しに戻る』
第十二章『振り出しに戻る』
商人であるヤノクとの会談を終えて数日後、カラルは、また改めてデブが拠点にしていた酒場を訪れていた。
最も、酒場は跡形も無くなっていたが。
「昨晩、不審火による火事があったようで。気が付いた時には店の出入り口を防ぐように火が回っていたようで、恐ろしい限りです」
カラルに状況を説明しているのは、この辺り一帯をの警備を担当している兵士であった。
たまたま、事件の後処理をしているところに出くわし、これ幸いにと、カラルが話しかけたのであった。
「生き残りはいるのか?」
肉の焼けたような、不快な臭いに顔をしかめながら、カラルはその兵士に問いかけた。
この様子では、店の中にいた者は全滅だろう。
「いえ、恐らく全滅をしているものかと」
案の定、兵士は首を振りながらカラルに応える。
最も、貴族であるカラルが、こんなスラム街で起きた火事について興味を持っていることに、少々疑問を感じているような様子も見受けられてきたが。
「顔見知りが巻き込まれているいかもしれなくてな。一応その確認だ」
そんな兵士の疑問に答えるように、カラルは、落ち着いた声で返事を返す。
「それでしたら、少し行った広場に検視のための死体が並んでいますよ。そちらに行けば、火事に巻き込まれているかどうかぐらいは分かるかと」
兵士は、どこか納得したような、疑問が残っているような、中途半端な声を出しながら、親切にその場所までの道を教えてくれた。
広場に出入りするために必要だと承諾書も手渡してくれた兵士に礼を言い、カラルは、教えられた道を進み、広場に向かうことにした。
そもそもカラル自身、この場で火事があった事自体、店の前に到着するまで全く知らなかった。
元々、ここを訪れたのは、色々と調査を進めていく中で、手が回らなくなったことに起因する。
カラル自身、決して人付き合いに長けている方ではない。
特に、自身が襲われたあの日の出来事については、全くと言っていいほど調査が進まず、まさしく五里霧中に陥りかけていた。
こうなった以上、別の切り口からこの問題に取り組むしかない。
そう考えたカラルが目を付けたのが、以前、酒場で出会ったデブであった。
少なくても、それなりに夜の街で顔は効くようであったし、あの日、カラルが襲われる直前に出会った男である。
偶然かもしれないが、何か手掛かりを抱えている可能性は十分にあった。
万が一、手掛かりも何もなくても、自身の調査に手足ぐらいにはなるだろう。
そんな軽い考えで、この汚らしい街にやってきたカラルであったが、そんな彼を出迎えたのが、あのデブ達が拠点にしていた酒場が中にいた客ごと全焼していたという事実であった。
「おい!そこのお前!ここから先は、関係者以外立ち入りを禁止している!勝手に入るな!」
そのような考え事をしているカラルであったが、急に自身を呼び止める声によって正気に戻る。
見ると、向かっていた広場らしきものに到着したようである。
「あぁ、すまない。一応許可は得ているんだが」
声をかけてきた兵士に、先程渡された承諾書を渡す。
広場には思った以上に、多くの死体が並んでいる。
酒場の火事は、思ったより被害が多いのかもしれなかった。
「これは失礼しました。書類、確認しました。どうぞ」
カラルを出迎えた兵士は、一転、恐縮しきったような態度を見せながら、こちらを迎え入れる。
広場中に籠った、肉が焦げたような強い臭いが、カラルの鼻に届いた。
「おや、こいつは」
広場に入り、すぐにカラルは目の前に転がっている遺体に既視感を感じて立ち止まった。
「あぁ、こいつは火元になった酒場を根城にしていた、ろくでなし者どもの頭でして。部下共々、昨晩の火事で焼け死んでしまったようですな」
そう言いながら、カラルをここに通した兵士が、首を振りながら近くにやってくる。
そこには、以前カラルが向き合った豚のようなチンピラの、大柄の身体が横たわっていた。
焼かれて人相が変わっていたが、体つきや、死体に残っている残留魔力からも間違いはないだろう。
「昨晩、どこかの馬鹿が店に火をつけた。その結果として、店内にいる奴等が全滅した。それだけだ」
死体に視線を向けているカラルに、検視官と思しき男が声をかけてくる。
「放火か?」
分かり切ったことであるが、念のため確認を取る。
「恐らく。ひどいもんだよ。ご丁寧に出入り口を塞いでの犯行、おかげで店内は全滅だ」
そう言いながら、デブの死体を検視官は調べ始める。
たまたまか。
カラルがこの店の連中に再度会おうと考えたタイミングで、この火事が起きた。
これは偶然なのか、それとも、カラルの動きにも関係しての話なのか。
そのようなことを考えていたカラルであったが、ふと視線を感じ背後に目を向けた。
その目に入った信じられない姿に、カラルは驚き、慌ててそちらの方に駆け寄る。
視線に入ったそいつは、カラルが動きだしたのを見ると、彼を誘いだすように、街の奥へ、奥へと走り出した。
明らかにこちらを誘っている。
これは罠だ。
そう信じながらも、カラルは歩を止めることは出来なかった。
彼女を追いかける、カラルの目が紫色の光を帯びる。
路地裏に相手が逃げ込む。
その先は、行き止まりのはずだ。
追い込んだ。
いや、追い込まれた振りをした罠なのか。
そのことが分からないまま、カラルは路地裏に飛び込んだ。
そこには、あの女が立っていた。
あの日、カラルを刺してきた女。
デブに絡まれ、酒場から投げ出されたカラルに襲い掛かった女。
あの日、カラルが殺したはずの女。
「私をお探しなんでしょ」
あの女の殺し屋が、こちらに冷笑を口元に浮かべ、冷めた視線を向けて立っていた。




