第十一章『調査記録は足りず』
第十一章『調査記録は足りず』
ミリーは、ビナザ神父から渡された封書に再び目を通していた。
教会での面談を終えてから、何度も目を通したその紙面は、度重なる折り畳みの影響で、大分ボロボロとなっている。
また別れ際に神父から言われた、自身の兄のルーツ、そしてマライサアの民に関する調査も並行して続けていた。
「まいったわね」
書類に一通り目を通し、誰もいない部屋でミリーは弱音を吐く。
調べれば調べる程、底なし沼に沈んでいくような感覚が彼女を襲っていた。
いや、一番の問題は、マライサアの民について、ほとんど資料が揃わないことであろう。
忌避された呪われた民族という以上に、彼らに関する情報は、不自然な程、この国には残っていなかった。
自分達が知っているような伝承レベルの話がまとめられた書面がいくつかあるのみ。
歴史書にも、必要以上の情報は書かれていなかった。
かつて、大陸中を支配していた存在にも関わらずだ。
歴史からほぼ抹消をされている民族。
ビナザは、この現状を知ったうえで、自分にこのことを調べるように伝えてきたのだろうか。
疑問は、頭の中をぐるぐると回り続けている。
そしてもう一つの調べごと。
自身の兄、カラルに関する調査も途中で行き詰まりを見せていた。
当初こそ、アラルスターの家に関する人物という事もあり、労せず情報が集まったが、そこから離れると、途端に情報の質が悪くなる。
カラルや、他の家の者に気づかれぬように外部の者を使って調査を続けたが、情報の集まりは、あまりに悪かった。
「はぁ」
ワザとらしく溜息をつき、カラルに関してまとめた書面を見直す。
うまく調査が進まないカラルに対し、調査の一環で資料を集めたカラルの母親については、この家に務め始めてからの記録はそれなりに残っている。
それに加えて、彼女を直に知っている人物も多いことから、自分がアラルスターの家fにそれなりの量の情報は何とか集まった。
彼女は、カラルが生まれる数年前に、この家にメイドとして雇われた。
仕事に関する評価は、平均よりやや下。
使用人達を仕切っているナザスの評価の補足では、最低限の仕事はし、多少気が利くものの、サボり癖が目につき、仕事の取り組み方にムラが多いことが懸念点として挙げられている。
最も、アラルスター家自体、名門と言える程、立派な家というわけでも無い。
人でが足りているわけでも無いし、そこまで害は無いと判断して雇い続けていたようであった。
ただ、自分達の父親であるこの家の主からは、当時は、そこまで興味は持たれていなかったらしい。
容姿はそこまで悪くはない物の、他にいくらでも女性の充てはあるし、妻もいる。
そんな父にとっては、彼女は、屋敷に雇われているメイドの一人以上の意味は持たなかったものと思われた。
だが、ある時から、彼女は父の寵愛を受けるようになった。
記録には残されていなかったが、その事件については報告書には記載があった。
ある時、メイド間で仕事の割り当てをめぐって諍いが起きた。
原因は大した理由ではない。
誰かが、仕事をサボった、押し付けた程度の話である。
だが、その矛先は、いつの間にかカラルの母親に向けられていた。
理由は単純。
その時、その場にいたメンバーで、彼女は一番仕事に不熱心であったからである。
しかし通常であれば口汚い罵り合いと多少の殴り合いだけで終わるはずだったこの件は、予想外の結末となった。
当時その場にいた三人のメイドが、カラルの母親によって殺されたらしい。
らしい、とされたのは、誰もその現場を見ていなかったのである。
ただ、その時、彼女の両目が紫色に光っていたという目撃談があった。
その話に興味を持った、父は、そこから彼女に接近をし、気が付いたら、カラルが生まれた。
しかし屋敷に残っている記録は、ここまでである。
その後、カラルの母親は、息子を生んでから数年後、彼を残して屋敷を立ち去った。
同僚を殺したからか、それともカラルを生んだことで本妻に目を付けられていたのか、それとも紫色に光る両目を見られたから、その理由は分からない。
そして屋敷の外に出た彼女の記録はほとんど残っていなかった。
ある村に隠遁し、アラルスター家から得た路銀(カラルをアラルスター家が引き取る際に、彼女の退職金も兼ねて渡したものと思われる)を使って生活をしていたと言われるが、しばらくするとどこかに移動し、その後の行方は記録に残っていない。
だが家に残された、カラルは幼い頃から、マライサアの血を引いている者として、決して良いとは言えぬ生活を送っていた。
そんなカラルを憐れんだ父は、アラルスターの家に、彼を正式に養子として迎え入れることを決め、その後、表面上カラルは、貴族の息子として、その生活は、それなりに改善したらしい。
最も、その立場も、ミリーが正式に養子となったことで、脅かされているらしいが。
「わからないわね」
やはり答えを握っているのは、カラルなのだろうか。
それとも、行方不明となっている、彼の母親なのだろうか。
彼の母親が亡くなったという話は聞いていない。
年齢からしても、まだ生きている可能性は高い。
彼女を探した方が、この問題の回答を得る近道となるだろうか。
「はぁ」
頭の中で色々な考えが浮かんでは消えていき、ミリーは強く溜息をつく。
―カラルの力は、本当にマライサアの末裔によって得たなのでしょうか?-
ビナザ神父の封書に書かれていた簡潔なメッセージ。
この言葉が示す意味を求めて、カラルの出生を調べているが、余計分からなくなってくる。
だが、彼は一体何者なのか。
ふと考えてみると、兄ではあるが、自分は、カラルについて何も知らなかった。
この疑問を解決することで、何か得る物はあるのだろうか。
分からなかったが、ビナザに渡されたメッセージは、ミリーの思考を縛り続けた。




