昼に笑った日
ゼロが“広場に出てきた”という噂は、村中を駆け抜けた。
正午。
日差しは強く、広場の真ん中には、ぽつんと一匹の魔物が座っていた。
角のある頭。
ざらついた鱗の腕。
口が悪くて、態度がでかくて、だけど目だけはどこか、笑っていた。
「……よぉ。日向ってのは、こんなにあったかかったか」
ゼロは独り言のようにそう言い、地面に寝そべった。
子どもたちは遠巻きに見ていた。
大人たちは、通りすがりにちらりと視線を送って、すぐ目を逸らした。
――それでも、誰も追い出しに来なかった。
*
昼休み。
カナトが駆けつけると、ゼロは石垣に腰かけていた。
「遅ぇぞ。おれ様、日焼けしたらどうすんだ」
「鱗、焼けるの?」
「……知らねぇ」
「じゃあ大丈夫だよ、たぶん」
「その“たぶん”が信用できねぇ」
ふたりは、何気ない会話を交わす。
まるで昔からここにいたように。
そこへ、一人の少女がやってきた。
ゼロに花を差し出し、ぎこちない声で言う。
「あの……この間、相談のってくれて……ありがとう、ございました」
「は?」
「うちの兄、元気出たみたいで。だから、その……これ、少しだけど」
「花なんか、いらねぇよ。水やりめんどくせぇし、虫つくし、落ちたら掃除大変だし」
「……すみません……!」
少女がしょんぼりしそうになった瞬間、
ゼロは花をひったくるようにして受け取った。
「……でも、もらっといてやるよ。おれ様、王様だからな」
少女は目をぱちくりさせたあと、小さく笑った。
「……また、来てもいいですか?」
「好きにしろ。次は相談料とるぞ」
「はい!」
ぱたぱたと走り去る背中を見ながら、ゼロはつぶやく。
「……なあ、カナト」
「うん?」
「なんか、おれ様……昼に笑ってる気がする」
「そりゃあ、今、昼だし」
「そーいう意味じゃねぇ!」
「冗談だよ」
カナトも、同じように笑った。
*
あの日、崖の下で出会ったふたり。
その片方が、いまこうして“日の当たる場所”にいる。
たったひとつの勇気と、
たったひとつの諦めなさが、
少しだけ世界を変えていく。
ゼロは花を鼻先に近づけて、照れくさそうに言った。
「におい、わかんねぇな。花の香りって、どれが正解なんだ?」
「たぶん、それが正解だよ。笑えるくらい、へんな匂いでも」
「……ふっ。やっぱおれ様、正解だったか」
ふたりの笑い声が、広場にぽつりと咲いた。