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夜だけ開く相談室

「魔物のくせに、悩み相談……?」


「うるせぇ。悩みは種族を選ばねぇんだよ」


 納屋の隅に立てかけられた、小さな木の札にはこう書かれていた。


『夜だけ開く 相談室』

話すだけ、聞くだけ、茶も出ない。

愚痴歓迎、怒鳴り歓迎、聞き流し歓迎。

魔物だけど、聞くだけならできる。

話したいヤツは、こっそり裏口へ。――ゼロ』


「……本当にやってるんだね、これ」


「ま、ヒマだからな。誰も来ねぇかと思ってたけど、案外くるぜ」


 カナトは思わず笑った。


 村の大人たちは正面から話そうとしない。

 けれど夜、誰にも見られない時間になると――

 ぽつぽつと、人影が現れる。


「なあ……おれ、嫁さんに“頭が固い”って言われてさ。

 魔物のおまえから見て、人間ってどう思う?」


「そりゃ、おまえよりは柔らかいんじゃねぇの」


「……ははっ、やっぱそうか」


 笑って帰っていく者もいれば、

 無言で肩を落として帰る者もいる。


 でも、そのどれもが、“人と魔物の間にある小さな橋”だった。



 その晩、遅くに足音がした。


 ゼロがいつものように焚き火を起こしていると、

 戸口に、見覚えのある男の影が立っていた。


「……来たか。まさか、おまえが来るとはな」


「……相談じゃない。話がしたいだけだ」


 現れたのは――村長だった。


 ゼロを追い出した張本人。

 あのとき、広場で“処分”を下した男。


「おれ様の時間は高ぇぞ。何の話だよ」


「昔な、魔物に娘を殺された村があってな。

 そこにいた子どもたちは、大人になっても“魔物は怖い”と思ったままだった」


「……なんだよ、説教か?」


「違う。自分のことだ。

 おれも、その村の出身だ。

 だから、おまえを見たとき、反射的に“追い出さなきゃ”と思った。

 でも……違った。あのときのおまえは、ただの子どもだった」


「……で?」


「すまなかった」


 しばらく沈黙が流れる。


 ゼロは、薪をひとつ投げ込み、炎の勢いを見つめたあと、こう言った。


「許さねぇよ」


「……だろうな」


「でも、聞いてくれてありがとな。

 おれは、そういうのが一番欲しかったのかもな。

 “正義”じゃなくて、“会話”ってやつが」


 村長は、静かに頭を下げた。


「また来るかもな。“相談”に」


「来るな。めんどくせぇ」


 そう言って、ゼロは笑った。

 それは、かすかに、ほんのすこしだけ――本気の笑顔だった。



 夜が明ける頃、ゼロはカナトに話した。


「なあ、カナト」


「ん?」


「おれ様って、ちょっとだけ……村民してるかもな」


「……“魔物”じゃなくて?」


「“となりに魔物”ってやつでも、いいじゃねぇか」


「……うん。すごく、いいと思うよ」


 朝の光が、納屋の屋根を照らしはじめていた。

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