夜だけ開く相談室
「魔物のくせに、悩み相談……?」
「うるせぇ。悩みは種族を選ばねぇんだよ」
納屋の隅に立てかけられた、小さな木の札にはこう書かれていた。
『夜だけ開く 相談室』
話すだけ、聞くだけ、茶も出ない。
愚痴歓迎、怒鳴り歓迎、聞き流し歓迎。
魔物だけど、聞くだけならできる。
話したいヤツは、こっそり裏口へ。――ゼロ』
「……本当にやってるんだね、これ」
「ま、ヒマだからな。誰も来ねぇかと思ってたけど、案外くるぜ」
カナトは思わず笑った。
村の大人たちは正面から話そうとしない。
けれど夜、誰にも見られない時間になると――
ぽつぽつと、人影が現れる。
「なあ……おれ、嫁さんに“頭が固い”って言われてさ。
魔物のおまえから見て、人間ってどう思う?」
「そりゃ、おまえよりは柔らかいんじゃねぇの」
「……ははっ、やっぱそうか」
笑って帰っていく者もいれば、
無言で肩を落として帰る者もいる。
でも、そのどれもが、“人と魔物の間にある小さな橋”だった。
*
その晩、遅くに足音がした。
ゼロがいつものように焚き火を起こしていると、
戸口に、見覚えのある男の影が立っていた。
「……来たか。まさか、おまえが来るとはな」
「……相談じゃない。話がしたいだけだ」
現れたのは――村長だった。
ゼロを追い出した張本人。
あのとき、広場で“処分”を下した男。
「おれ様の時間は高ぇぞ。何の話だよ」
「昔な、魔物に娘を殺された村があってな。
そこにいた子どもたちは、大人になっても“魔物は怖い”と思ったままだった」
「……なんだよ、説教か?」
「違う。自分のことだ。
おれも、その村の出身だ。
だから、おまえを見たとき、反射的に“追い出さなきゃ”と思った。
でも……違った。あのときのおまえは、ただの子どもだった」
「……で?」
「すまなかった」
しばらく沈黙が流れる。
ゼロは、薪をひとつ投げ込み、炎の勢いを見つめたあと、こう言った。
「許さねぇよ」
「……だろうな」
「でも、聞いてくれてありがとな。
おれは、そういうのが一番欲しかったのかもな。
“正義”じゃなくて、“会話”ってやつが」
村長は、静かに頭を下げた。
「また来るかもな。“相談”に」
「来るな。めんどくせぇ」
そう言って、ゼロは笑った。
それは、かすかに、ほんのすこしだけ――本気の笑顔だった。
*
夜が明ける頃、ゼロはカナトに話した。
「なあ、カナト」
「ん?」
「おれ様って、ちょっとだけ……村民してるかもな」
「……“魔物”じゃなくて?」
「“となりに魔物”ってやつでも、いいじゃねぇか」
「……うん。すごく、いいと思うよ」
朝の光が、納屋の屋根を照らしはじめていた。