見えない場所で生きる
ゼロが村に戻ってきたといっても、歓迎されたわけじゃない。
魔物が村を救ったという話は、確かに本当だった。
けれど「だからといって、共に暮らせるか」という問いに、答えを出せる者は少なかった。
結局、村はこう決めた。
「ゼロは“住んでもいい”。ただし、村の“見えない場所”に限る」
納屋、裏山、夕暮れ以降の外出。
人通りの少ない道。
話しかける者はいないが、話しかけられることもない。
そして、ゼロの姿が視界に入らなければ、それで“共存”だという理屈。
「ふん、なんだよそれ。おれ様、モグラかなんかか?」
「……でも、住めるだけ、マシだよ。ね?」
「……ちぇっ」
ゼロは口を尖らせながら、焚き火の火をつついた。
納屋の隅には、ふたりで旅に出たときのリュックや、少しボロくなった地図、火のついたランタン。
「ま、空の下で寝るよりゃマシか」
その言葉は、どこかあたたかかった。
*
その日の夕方、ゼロが納屋の裏で日向ぼっこをしていると――
小さな足音が聞こえた。
ばっ、と草陰から顔を出すと、びくっと飛びのいたのは、村の子どもだった。
「な、なんだよ。びっくりすんだろーが!」
「……あの、もしかして、魔物……さん?」
「“さん”つけんじゃねぇ!」
だが、ゼロは怒っていなかった。むしろちょっと嬉しそうだった。
「な、なにしに来た。追い出しに来たのか?」
「ち、ちがうよ! あの……将棋、教えてほしくて」
「は?」
「カナト兄ちゃんが言ってたんだ。ゼロって人は、将棋強いよって。
それで……ちょっとだけ、教えてくれたらって……」
ゼロは一瞬、口を開きかけて――
「……ふん。ま、暇つぶしにはなるか。
でも、負けても泣くなよ?」
「うんっ!」
子どもは満面の笑みでうなずいた。
*
夜になって、カナトが納屋を覗くと、
ゼロは小さな木の板に石を並べて、「……そこじゃねぇ、こっちだバカ」とつぶやいていた。
「ゼロ、子どもに優しくしてくれてたね」
「ちがう。おれ様は“教育”してやってんだ」
「はいはい。教育、ね」
「……でもまあ、あのガキ、思ったより筋がいい」
ゼロはそう言って、鼻を鳴らした。
その背中は、以前よりほんの少しだけ、村に馴染んでいた。
*
“共存”なんて、きれいごとだ。
たぶん、時間が経っても、すぐに壁はなくならない。
でも、見えない場所からでも、少しずつ。
誰かの笑い声を増やすことは、できるかもしれない。
ゼロは焚き火に手をかざしながら、小さくつぶやいた。
「……見てろよ。いつか、昼間の広場で堂々と日向ぼっこしてやる」
「そのときは、僕も横で将棋うつよ」
「……ふん。バカ相手じゃ、時間の無駄だけどな」
ふたりの笑い声は、静かな納屋にぽつりと灯った。