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見えない場所で生きる

ゼロが村に戻ってきたといっても、歓迎されたわけじゃない。


 魔物が村を救ったという話は、確かに本当だった。

 けれど「だからといって、共に暮らせるか」という問いに、答えを出せる者は少なかった。


 結局、村はこう決めた。


「ゼロは“住んでもいい”。ただし、村の“見えない場所”に限る」


 納屋、裏山、夕暮れ以降の外出。

 人通りの少ない道。

 話しかける者はいないが、話しかけられることもない。

 そして、ゼロの姿が視界に入らなければ、それで“共存”だという理屈。


「ふん、なんだよそれ。おれ様、モグラかなんかか?」


「……でも、住めるだけ、マシだよ。ね?」


「……ちぇっ」


 ゼロは口を尖らせながら、焚き火の火をつついた。

 納屋の隅には、ふたりで旅に出たときのリュックや、少しボロくなった地図、火のついたランタン。


「ま、空の下で寝るよりゃマシか」


 その言葉は、どこかあたたかかった。



 その日の夕方、ゼロが納屋の裏で日向ぼっこをしていると――

 小さな足音が聞こえた。


 ばっ、と草陰から顔を出すと、びくっと飛びのいたのは、村の子どもだった。


「な、なんだよ。びっくりすんだろーが!」


「……あの、もしかして、魔物……さん?」


「“さん”つけんじゃねぇ!」


 だが、ゼロは怒っていなかった。むしろちょっと嬉しそうだった。


「な、なにしに来た。追い出しに来たのか?」


「ち、ちがうよ! あの……将棋、教えてほしくて」


「は?」


「カナト兄ちゃんが言ってたんだ。ゼロって人は、将棋強いよって。

 それで……ちょっとだけ、教えてくれたらって……」


 ゼロは一瞬、口を開きかけて――


「……ふん。ま、暇つぶしにはなるか。

 でも、負けても泣くなよ?」


「うんっ!」


 子どもは満面の笑みでうなずいた。



 夜になって、カナトが納屋を覗くと、

 ゼロは小さな木の板に石を並べて、「……そこじゃねぇ、こっちだバカ」とつぶやいていた。


「ゼロ、子どもに優しくしてくれてたね」


「ちがう。おれ様は“教育”してやってんだ」


「はいはい。教育、ね」


「……でもまあ、あのガキ、思ったより筋がいい」


 ゼロはそう言って、鼻を鳴らした。


 その背中は、以前よりほんの少しだけ、村に馴染んでいた。



 “共存”なんて、きれいごとだ。

 たぶん、時間が経っても、すぐに壁はなくならない。


 でも、見えない場所からでも、少しずつ。

 誰かの笑い声を増やすことは、できるかもしれない。


 ゼロは焚き火に手をかざしながら、小さくつぶやいた。


「……見てろよ。いつか、昼間の広場で堂々と日向ぼっこしてやる」


「そのときは、僕も横で将棋うつよ」


「……ふん。バカ相手じゃ、時間の無駄だけどな」


 ふたりの笑い声は、静かな納屋にぽつりと灯った。



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