崖の下で出会った
魔物なんて、みんな怖いもんだと思ってた。
でも、あいつに出会って、それが少し変わった。
*
村はずれの崖に、小さな声が響いていた。誰かがうずくまり、呻いている。
――たぶん、獣が怪我でもしたんだろう。そう思って見にいったのが、すべての始まりだった。
「おい、見てねぇで助けろよ。こちとら足が折れてんだ」
――しゃべった。
小さなトカゲ……いや、腕も足もある。角もある。皮膚はざらざらしていて、瞳だけやけに人間っぽい。
それが、明らかに口の悪いガキみたいな口調で、こちらをにらんできた。
「なんだその顔は。この偉大なるゼロ様に失礼だぞ、おまえ!」
「……ゼロ?」
「そうだ。『魔神の残り火』とまで呼ばれた存在だ。村人どもに追われたせいで崖から落ちた。足、折れた。わかったら、手当てしろ」
完全に子どもだった。
口だけは達者で、威張ってはいるけど、目元に涙を浮かべている。
「……うち、連れてってやるよ。母さんは薬草の扱いがうまいから」
「ふん、仕方ない。仮にも人間のくせに、その提案は悪くない」
こうして俺は、言葉を話す魔物――ゼロを家に連れて帰った。
これが村中の騒動になるなんて、そのときは想像もしていなかった。
*
ゼロはうちの納屋に住むことになった。
俺――カナトは、村でもひときわ地味で、よくからかわれる存在だったから、ゼロを連れてきたって騒ぎにならなかったのは、ある意味幸運だった。
「こんな古臭い布じゃ、王の眠りにもならんだろうが……まあ、ないよりマシか」
「ゼロ、それお礼の言葉じゃない」
「ぐ……あ、ありがと」
不器用ながらも、ゼロはだんだんと人間の生活に慣れていった。
それと同時に、俺も変わっていった。
ゼロは時折、俺のことを本気で褒めてくれる。
誰かが俺を笑っても、ゼロだけは笑わなかった。
「カナト、おまえは根がいいやつだ。ただ、なぁ……ちょっと気弱すぎる。声を張れ、背筋を伸ばせ。俺が魔王になったら、おまえを側近にしてやる。だから、せめて人前でうつむくな」
「……そっちこそ、足が治ったらどこ行くの?」
「決まってるだろ。強くなるのさ。二度と誰にも負けないために」
この日、俺たちは“強くなる”ことを誓い合った。