表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第ニ章 真贋の饗宴─ Carnival of Blood
91/95

第86話 鏖(みなごろし)

※本話は残酷描写(流血・死体の描写)を含みます。ご注意ください。

 裏組織の本拠地だった。

 ザイラスが従属していた「供給網」の核心部。

 街道の北西、放棄された鉱山の奥に口を開けている。


 レオンは森の影に身を潜め、遠くの坑口を見据えた。外見は廃坑だが、入口には松明の灯りが絶えず、人の出入りがある。


(……ここだな)


 風の向き、足音、魔力の流れ。彼はそれらを一つずつ拾い、ポケットの中の折り畳まれた紙を確かめた。採掘図の断片と、昨夜盗み聞きした見張りの交代表。


「北坑・二時交代」走り書きの一文。


 交代の時刻まで、あとわずか。

 レオンは低く身を落とし、地を這うように前進する。湿った草の匂い、土の冷たさ、油と鉄の混ざった空気。闇の中で感覚が研ぎ澄まされていく。


 その瞬間、気づいた。

 空気に混じるわずかな魔力の乱れ。転移術式の痕跡だ。結界の核は坑道の奥にある。そこを断てば、この組織の流通網は潰える。


 見張りが交代に動いた瞬間、レオンの影が揺れる。背後に回り、首筋に手刀。骨が小さく鳴り、男は声も出せず崩れた。


 二人目が息を吸いかけた瞬間、喉元を掴んで音を折る。倒れる体を支え、地面に触れさせない。松明の揺れる音だけが残る。


 次の兵へ、また次へ。

 短い動作が連鎖し、気づけば坑道外の見張りは一人残らず倒れていた。


 坑口に近づくと、結界の膜がかすかに震えた。

 個人では張れぬ規模だ。だが、継ぎ目は必ずある。

 レオンは指先で空気を撫で、目を細めた。膜の流れが一瞬だけ逆流した。

 

 そこだ。


 彼は静かに息を吐く。

 刃を抜かず、空気そのものを切る。

 目に見えぬ断線が走り、結界が音もなく裂けた。

 同時に、彼は外へ繋ぐ魔力の導線や外部へ伸びる通信経路を切り落とした。


 ──報せは、誰にも届かない。


 壁に指先を滑らせ、音を立てぬよう奥へ進む。

 並んだ灯り、軌道の跡、運搬台車の車輪痕。

 人と物の流れが、ここで循環していた。


 ──だが今夜、それは止まる。


 青い瞳が闇に光を帯びる。


(ここから先は……殲滅だ)


 坑道の奥、石造りの広間。

 指揮を執る上層部が長机を囲んでいた。

 松明が揺れ、書簡や魔術書、赤黒く濁った魔石の欠片が散らばる。


 重い扉が押し開かれ、静寂が裂ける。


「──誰だ」


 振り返るより早く、青い閃光が奔った。

 二人が崩れ、血が机を濡らす。


「侵入者だ! 結界を──!」


 叫びは途中で切れた。

 喉が鳴る前に、斬撃が声帯ごと奪っていた。


 レオンに迷いも逡巡もない。

 そこにあったのはただひとつ、少女のための殲滅の意志。


 広間は阿鼻叫喚と化した。

 逃げ惑う者、魔術を詠唱する者、武器を構える者。

 レオンの剣は、詠唱の前に喉を裂き、防御陣を構築する前に心臓を穿った。


 反撃は許されない。

 彼にとって、この場の人間はすべて“レナを狙っている敵”だった。


 机の影から、ひとりが転がり出た。

 血まみれの掌で床を叩く。


「転移陣を……!」


 光の円が開き、男は這って飛び込む。


 半身が抜けた瞬間、レオンの斬撃が円周をなぞる。

 ぶつり、と腰で切れた上半身が床へ落ちた。

 途切れたものを彼は見もしなかった。



***



 レオンは血の跳ねる広間を踏み越え、最奥へ進む。

 剣先が、崩れた幹部の喉元で止まった。


「……聞く。ファウレスの血について。お前たちはどこまで知って、どこまで渡した?」


 床に崩れた幹部格の男が、震える声で答える。


「ひ、ひぃ……断片に過ぎない……生きている、ということだけ……!」


「……それだけか」


「ザイラスから聞いたのはその程度だ! 取引にも回していない! た、助け──」


 その声は最後まで続かなかった。

 蒼い閃光が一閃、喉を裂き、男は崩れ落ちる。


 レオンは死体を見下ろし、淡々と結論だけを口にした。


「……なるほど。ザイラスの奴、俺を騙したというわけか」


 剣先を払う。

 散った血が床に落ちる音だけが、無人となった広間に響く。


 彼は机の上の魔術書、血塗られた研究記録、収支と取引の書簡を見渡した。どれもが組織の存在を証明する証拠だ。


「……全部、燃やす」


 レオンは足元に魔法陣を一つ描いた。

 青白い魔力が滲み出し、周囲の空間が圧迫されるように歪む。


 《魔炎結界》


 地面を這うように魔力が広がり、部屋全体を覆っていく。

 指先を鳴らすと同時に、魔力が爆発した。

 鈍い爆音とともに炎が吹き上がり、書類も血も、逃げ場ごと焼き潰していく。


(……レナの名が、ここに残る可能性を潰す)


 廊下に立ち並ぶ扉を次々と斬り払う。

 背後に隠れていた研究員、書記官、護衛兵。声を上げる暇もなく沈んだ。

 階層を降りるたび、声が消え、炎だけが広がっていく。


 やがて、最後の文書庫が燃え落ちた。灰が舞い、崩れた梁が火花を散らしながら落ちていく。

 レオンは燃え盛る光景の中を一歩も退かずに歩み、静かに外へ出た。背後の拠点は轟音と共に崩れ落ちる。


「……一つ、片付いた」


 吐き捨てる声は冷徹で、その奥に焦燥だけが残った。


(情報が漏れる前に潰す。漏れたなら、また潰す。絶対に、知られてはいけない)


 夜空に立ち昇る炎の下、レオンの瞳は暗く燃え続けていた。



 ***



 燃え落ちた拠点を背に、レオンは静かに剣を収めた。

 夜風が熱気を攫い、崩壊の轟音は次第に遠ざかっていく。


(……終わった。だが、時間はない)


 レナの血が知られた以上、油断すれば必ず狙われる。

 焦燥が、胸の奥を焼いていた。


 学院へ戻ろうと足を踏み出したその時。

 ふと、胸ポケットに仕込んでいた鍵が微かに振動した。

 遮断を検知して警告している。


(……位置情報が、読めない?)


 刹那、背筋を冷たいものが走る。

 オルフェ。

 あの銀髪の魔術師が結界で遮断しているとしたら……。


 急ぎ学院へ戻る。

 寮の廊下、レナの部屋の前。

 そこに、小さな光を放つ“通信石”が置かれていた。


「……これは」


 拾い上げると、石の中に聞き覚えのある声が残響していた。


『──レオン。レナが危ない。サラが囚われてる。研究棟の外縁、森の端。旧研究所に来い。急げよ』


 聞き慣れた、皮肉を帯びた声。

 エリックのものだった。


 レオンの碧眼が、鋭く細められる。

 石を握りしめる音と共に、躊躇は消えた。


(……間に合え。レナを奪わせるわけにはいかない)


 黒い外套を翻し、青年の影は夜の森へと駆けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ