番外編2 正月とおみくじ
■ レナ・ファリス
魔術学院Eクラスの少女。控えめで、できれば普通に生きていたい派。初詣も「静かにお参りして帰る」つもりだったのに、気づけば変人三人と屋台の列に並んでいる。
■ レオン・ヴァレント
学院でもトップクラスの実力を持つSクラスの少年。無口で無愛想。信仰にも年中行事にも興味はないが、レナが行くなら同行が前提。
■ エリック・ハーヴィル
元Sクラスの好青年。今はEクラス所属。明るくて面倒見がいい常識人。初詣を成立させる推進力であり、同時にツッコミと空気調整役。
■ オルフェ・クライド
銀髪・紫眼のSクラス魔術師。護符も結界札も「効くかどうか」で見る理系。祠に対しても敬意より観察が先に出る。
正月の学院は、いつもより静かだった。
休暇で街に行く者も多く、回廊の足音も少ない。
その静けさを破って、エリックが妙に張り切った声を上げる。
「よし、初詣行くぞ! 屋台もあるし、おみくじも引ける!」
「……学院の敷地内にある祠を“初詣”って言い張るの、さすがだよね」
オルフェが淡々とツッコむ。
「細けぇことはいいんだよ。ほらレナも行こうぜ。気分転換!」
レナは苦笑しながら頷いた。
その横で、レオンは何も言わずに歩いている。
(この世界で、初詣に行く必要あるか?)
顔にそう書いてある。だいぶ大きめの字で。
だがレナが行くのなら、ついていくのだった。
***
祠は学院の奥、石畳の小道を抜けた先にあった。
小さな祠。「魔除け」の札が結界っぽい雰囲気を出している。
その結界札の横に、なぜか「露店許可」の札が貼ってあった。
「ほら、ちゃんとそれっぽいだろ!」
エリックが誇らしげに言う。
祠の前だけ屋台がずらりと並び、甘い香りと油の匂いが混ざっている。串焼き、香草茶、護符、魔除けの鈴。
オルフェは少し離れて歩きながら、屋台の護符を手に取っては戻していた。興味深そうに見ているのに、買う気はない顔だ。たぶん“効くかどうか”しか見ていない。
「おみくじ、あるって!」
エリックが嬉しそうに言って足を止めた。
木箱の中に巻かれた紙がぎっしり入っている。横には「引いた紙があなたの運勢」と書かれた札。
「やろうぜ。新年っぽい」
「……うん。やってみたい」
レナが頷く。
オルフェも「まあ、データとしては面白い」と言って手を伸ばした。
レオンは──無言のまま、しかし“参加するのが当然”という顔で箱を見ている。
エリックが勢いよく引いて、紙を広げた。
「中吉! えーと……『人望あり。友人増える』……は? 俺、今でも充分友達いるけど?」
レナがくすっと笑う。
「増えるんじゃない? 良かったね」
「え、じゃあ俺、今年さらに人気者!? やった!」
「ただし、調子に乗ると失う」
オルフェが即座に釘を刺した。
「なんでそういうこと言うの!?」
次にオルフェが引く。
紙を開く指がやけに丁寧だった。
「吉。『研究、順調。倫理は置き忘れる。拾え。事故には気をつけよ』」
「神様から直々に“拾え”って言われてるぞ」
「神が俺に倫理を期待するのがまず間違いだよ。それに事故など起こしたことないが」
「それフラグだよ!」
エリックが即ツッコミを入れる。
レナもそっと引いて、紙を開いた。
「末吉……『周囲の力を借りよ』」
レナが少しだけ首を傾げた、その瞬間。
レオンが頷いた。頷き方だけが、やけに強い。
「借りろ」
「うん……」
「特に、俺の」
「う、うん……」
レナが赤くなって俯く横で、エリックが目を丸くする。
「え、今の文にそんな『特に俺の』ってニュアンスあった?」
「ない、本人が付け足した」
オルフェが即答する。
「……次、レオンだな」
エリックが急に慎重になった。
そのとき、背後の人波が一瞬だけ割れた。
白いコートの青年が、祠の影を横切る。
視線だけこちらに落としている。
その一瞬を見たレオンが、眉だけをほんの少し動かす。
「……嫌な予感がする」
レナが反射的に振り向いた時には、もういない。
レオンが紙を開く。空気が、わずかに冷える。
「……凶」
レオンの一言にエリックが「えっ」と声を漏らし、レナが思わず紙を覗き込む。
オルフェだけが、ほんの少しだけ口角を上げた。
そこには、妙に具体的な文言が並んでいた。
『執着は身を滅ぼす。手放せ。兄に会う兆しあり』
レオンの眉が、初めて分かりやすく歪んだ。
紙が握り潰される音がした。
「……何だ、これは」
低い声が、静かに落ちる。
レナが慌てて言う。
「え、えっと……おみくじだし、そんな深く──」
「神はどこにいる? 殺してくる」
「正月から物騒なこと言わないで!」
レナがレオンの袖を掴んだ。
その間にエリックは紙を指でなぞりながら、心底わからない顔をした。
「え、兄? レオンって……兄いるの?」
オルフェは笑みだけ保っている。目は笑っていない。
「……いない」
レオンは冷たく吐き捨てた。
その時、オルフェが追い打ちを入れた。
「レオン、君は家族運がいいみたいだ。さっき君の兄さんいたよ」
声は柔らかい。中身は、嫌味として完璧だった。
「黙れ」
レオンが低く言う。
エリックは空気を変えようとして、屋台を指差した。
「よし! 屋台に行くぞ! 魔獣肉串、買おう。脂と一緒に厄落とししてくれるらしい」
四人が屋台へ向かう。
喧騒と笑い声が、冬の空気に軽く跳ねた。
レオンは最後に、握りしめたおみくじをちらりと見下ろして、紙の端だけを破った。
『手放せ』の行だけ、ちぎって捨てる。
そして、何事もなかったようにレナの隣へ戻る。
「……よし」
「何が“よし”なの……?」
レナが小さく呟くと、レオンは真顔で頷いた。
「手放した」
今年も、騒がしい。
そしてたぶん、平常運転だった。
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