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Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第ニ章 真贋の饗宴─ Carnival of Blood
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第82話 嫌な予感

 レオンの一閃が、空気ごと壁を断ち割り、衝撃波が地下空洞を荒れ狂わせる。

 火花を浴びながらザイラスは飛び退き、笑いながら手を広げた。


「おっと、危ない危ない! 殺す気まんまんだねぇ! こっちは研究者なんだけどなぁ?」


 その指先から奔流のように紡がれるのは、黒い糸。

 空間に縫い込むように走り、壁や天井から“無数の影腕”が生え出す。

 獣の咆哮を帯び、鎖のように絡みつこうと迫ってくる。


 レオンは一歩も引かない。

 剣に青白い魔力を纏わせ、ただの一振りで影を斬り払う。

 ──重い。肉ではないのに、刃が絡め取られる。斬った感触が“手首”に残る。

 無駄のない動き、斬撃の度に空気が裂け、血の匂いが混じる。


「君は、“死”を悲劇だと思う? 一人が死ねばドラマ。二人ならニュースだ。だが数十人、数百人が死ねば、それは“数字”になる。……そうだろう? だから実験として面白いんだよ」


 ザイラスが笑う。


「──黙れ」


 一言。

 低く冷たい声が、爆ぜるように響いた。

 その瞬間、レオンの足が石畳を抉り、姿が掻き消える。


「ッ──速っ!」


 ザイラスが咄嗟に術式を展開。

 影の壁を幾重にも重ねるが、次の瞬間には剣が貫いていた。

 火花と共に黒い影が四散し、ザイラスの肩を裂いた。


 鮮血。

 石畳に滴る赤。


「……あっははは! いいね、いいよ!痛みってのは、生きてる証拠だ!」


 ザイラスは自分の血を舐め、愉悦の笑みを浮かべる。


「でも、残念!僕はまだ死なないよ!」


 床の術式が赤黒く輝き、異形のキメラが召喚される。

 蜘蛛の脚、蛇の尾、人の顔──歪に繋ぎ合わされた化け物が咆哮を上げる。


「研究の成果、たっぷり味わって!」


 怪物が突進した。

 レオンは怯むことなく前へ。

 剣を振り抜き、頭蓋から胴体までを一閃で両断する。

 血と臓腑が飛び散り、悲鳴もなく崩れ落ちた。


「……くだらない」


 レオンの視界にいるのは、もうザイラスだけだった。

 床に散った肉片が湯気を上げ、鉄と薬品の臭いが混ざって喉を焼く。


 ザイラスは肩口を押さえながらも、口角だけは上げている。

 だが、その笑みがさっきより薄い。距離の詰まり方に、計算が追いついていない。


「ねえ、君さ」


 軽い声。けれど、目は笑っていない。

 ザイラスは半歩だけ後ろへ下がり、足元の紋章へ体重を移した。赤黒い光が、待ってましたとばかりに脈動する。


「殺す前に、一つだけ。取引しようよ」


 研究者が、標本に向けて値札を提示する声だった。


「僕が知ってる背後の連中の名と手口、ぜんぶ言ってあげる。君が嫌いそうなタイプのね。軍だの教会だの、貴族だの……そういう“正しい顔”の連中」


 そして、笑みを少しだけ深くする。


「代わりに、ファウレスの血を寄越してよ。ほんの一滴でいい。君が必死に隠してる“あの子”の」


 空気が変わった。

 刃物みたいに、鋭くなった。


「──二度と」


 レオンの声は低い。静かで、終わっている。


「その話題を、口にするな」


 ザイラスの足元で、転移陣がいよいよ光を増す。

 逃げ切れると思ったのか、あるいは最後の反応を見たいのか。瞳の奥が、子供みたいに輝いた。


「……今の顔。最高だね。やっぱり君、君自身が一番――」


 最後まで言わせなかった。


 レオンは一歩で距離を潰し、剣の切っ先を床へ叩き込む。


 紋章を繋いでいた導線が、青白い斬撃で断ち切られる。

 転移陣は脈動を失い、灯りだけ残して沈黙した。


「え……?」


 ザイラスの笑みが消える。代わりに浮かんだのは恐怖ではなく、純粋な興味だった。

 この瞬間ですら、答えを欲しがる目。


「……それ、どうやって――」


 答えはない。

 刹那、剣が閃いた。


 青白い光が走り、防御が裂け、肉が断たれる。

 ザイラスは崩れ落ちながらも、最後まで笑う形だけを作ろうとした。


「……いいね……君みたいなのに、殺されるの……」


 言葉が途切れ、ザイラスの身体が石畳に沈む。

 残るのは、焦げた術式の匂いと、虚しく脈動する模造赤魔石の残骸だけだった。


 レオンは剣を下ろし、短く息を吐いた。


「……黙って死ねばいいものを。まあいい、これで、一つは消えた」


 だが、その青い瞳に宿る怒りはまだ冷めていなかった。

 むしろ深く、静かに──次なる“組織”への殺意を燃やしていた。


 血と灰にまみれた地下拠点。

 ザイラスの骸が冷たく横たわり、赤魔石のコレクションが鈍く光を返している。


 その中に、いくつかだけ異質な光を放つ結晶があった。澄み切った深紅。濁りも歪みもない、完璧な赤。


(これは……本物だ)


 棚の端に置かれた、古びた赤魔石。魔力の質から見ても明らかに長く保管されたもの。そして、比較的“新しい”結晶。市場を経由してきたのだろう。


(アロイス家のマーケットから流れた……本物か)


 碧眼が、鋭く細まる。それはレナの母親のものかもしれない。胸の奥に、鈍く重い感情が広がる。


「……返してもらう」


 低く呟き、コレクションケースの鍵を剣でこじ開ける。

 赤い結晶を掴み取り、しばらく掌に乗せて確かめたのち、静かに懐へと滑り込ませた。


 それは証拠であり、遺物であり、そしてレオンにとって、守るべき少女に繋がる“唯一の血の痕跡”だった。


 レオンは剣を収め、足を進めた。

 散乱した研究机の上に、符号化された羊皮紙。

 破っても燃やしても消えない、組織間での暗号通信に使われる魔術文書。


 さらに机の下には、小型転移装置の残骸が転がっていた。

 学院や軍部では使わない系統。結界を掻い潜り、実験体や資材を密輸するためのものだ。


「……やはり、一人じゃない」


 吐き捨てるように呟いたその声には、怒りだけでなく、切迫感が混じっていた。


(ザイラスが……レナの血を喋った以上、時間がない)


 “レナの血”は、確実に上に伝わった。


 自分の、大切な“少女”の名も、血も、その存在そのものが──どこかの目に、耳に、記録されたということだ。


 胸の奥に、鋭い焦燥が走る。


 ザイラスのような末端では済まない。もっと上だ。もっと醜く、もっと大きな“化け物ども”が、まだ地の底に巣食っている。


 レナの血を「資源」として見ている連中。少女を研究材料としてしか見ない外道共。レオンはそれを一人で殺しに行くと決めた。


「全部……焼き尽くす」


 吐き捨てた言葉は、冷気よりも冷たく、戦火よりも凄惨な殺意を孕んでいた。


 次の標的は、既に見えている。


 その眼に宿るのは、ただ一つ。


「……絶対に、渡さない」


 決意の声は、冷たい地下拠点に小さく響いて消えた。



 ***



 路地裏で襲われたその翌日。

 学院の教室で、レナは落ち着かなかった。


 窓の外の光はいつも通りだったが、胸の奥にしこりのような不安が残っている。

 レオンは「二、三日学院を休む」と言っていた。無茶をしていないか、それだけが気がかりだった。


「なあ、レナ」


 不意にかけられた声に振り向くと、エリックが隣に腰を下ろしていた。

 気楽そうに見える笑顔の奥で、目は鋭く彼女を観察している。


「どうしたの?」


「今日、レオンって学校来てないよな? 全然視線を感じないし……何かあった?」


「……キメラを作った犯人を探すって、出て行ったよ」


「犯人を……?」


 エリックの声が僅かに疑うようだった。


(あいつが学院のために動く? ……いや、そんな奴じゃない。あいつが動くのは、いつだって――レナ、お前のためだ)


 心中で呟きながら、彼は机に肘をついた。


「暫く……帰らないって言ってた」


 レナは心配そうに、両手を膝の上で握りしめる。


「……そっか」


 エリックはそう答えながらも、別のことを考えていた。

 頭に浮かぶのは、昨日から妙に落ち着かない銀髪の青年。オルフェは何度もレナを陰から見ていたのをエリックは知っていた。


(レオンが不在だって? あいつにとって、それは“好機”でしかないだろ)


 胸の奥に、嫌な予感が冷たく沈んだ。

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ザイラス……小物でしたね……ヘ(*¨)ノ
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