第81話 地下屠殺場
※本話は残酷描写を含みます。苦手な方はご注意ください。
やがて、広い石造りの部屋に辿り着いた。
足を踏み入れた瞬間、空気がわずかに重くなる。湿った石の冷気の奥に、鉄と薬品と、乾きかけた血の匂いが紛れていた。
そこは、まるで「展示室」のようだった。
壁一面に渡して据えられた棚。無駄に整然としているのが、かえって気味が悪い。
壁一面に並ぶ棚。そこに並べられていたのは──
血のように赤い輝きを放つ結晶。
赤魔石。
しかし、その光はどれも濁り、ひび割れ、脆く崩れかけている。失敗作ばかり。
「……偽物か」
レオンは低く呟いた。
だが、それでも人ひとりの命を原料にしているのは疑いようがない。
模造赤魔石ひとつひとつに込められた代償を想像し、剣を握る手に自然と力がこもる。
***
展示室の奥。重厚な鉄扉が立ちはだかっていた。
魔術封印の紋が刻まれ、開くことを拒むかのように淡く光を放っている。
レオンは一歩進み出た。
青白い魔力を刃に纏わせ、一閃。
鉄扉は音もなく裂け、奥の空間が露わになる。
そこは、屠殺場だった。
石床に無数の亡骸が転がっていた。
胸は抉られ、血を抜かれ、腹には赤黒い裂傷がある。
肉体は「素材」へと解体され、残った部分だけが投げ捨てられていた。
その中にはまだ若い少年少女の姿も混じっている。
冷え切った肉体はまるで“使い終わった廃棄物”のように無造作に放り出されていた。
(これが、模造赤魔石やキメラ合成の代償か)
吐き気が込み上げるほどの光景。
「……あいつ、どれだけの人間を……」
レオンの瞳には怒りの炎が静かに灯る。
「ザイラス……」
低く名前を呼ぶ。
青の瞳の奥に燃える光は、確かな“殺意”だった。
***
崩れた石壁の奥、暗い地下空間。
積み上げられた魔術器具と、赤黒く光る結晶が並ぶ台座。
その中央に、足を組んで座る影があった。
「──あぁ、せっかくの実用試験中だったのになぁ」
ひょいと顔を上げ、能天気に笑う。
ジーンズに派手なシャツ、あまりに場違いな姿。
ザイラス・カイゼル。
「いやぁ、マジで君たちって邪魔するのが得意だよね。
こっちはさ、“兵器化”の依頼受けてんのにさ。
模造魔石も安定してきたし、キメラ兵の動きもデータ取れてきたのに──」
肩をすくめて見せる仕草は軽薄そのもの。
けれど、その背後に蠢く黒い影は、実験で造られた異形の群れだった。
「戦場に投げ込むだけで、敵も味方も全部ぐちゃぐちゃ。
……ほら、コスパ最強の“おもちゃ”でしょ?」
軽口を叩きながらも、その瞳の奥は笑っていなかった。
狂気と興奮で爛れた光だけが、揺れていた。
「君たちには理解できないかもしれないけど……これが“未来の兵器”なんだよ」
言葉とは裏腹に、地下空間を満たすのは臓腑の臭気と、魔石に閉じ込められた無数の呻き声だった。
***
ザイラスは指先でひとつの結晶を弾き、飄々と笑った。
「いやぁ……惜しかったなぁ。あの女の子の血、欲しかったなあ。
あれこそ“完全な赤魔石”の素材だってのに」
その口調は、冗談を言うかのように軽い。
だが、その言葉に込められた意味は、あまりに重すぎた。
レオンの目が細まる。
氷のような怒気が、刃先よりも先に場を刺す。
「……口にするな」
ザイラスは肩を竦め、わざとらしく人懐こい笑みを見せた。
「もう言っちゃったけどね。組織の上層部に──極秘事項としてさ。“赤魔石の生きた源泉”が学院にいるって。君の大切な子、もう完全に“ターゲット”だよ」
その瞬間、レオンの全身から殺気が滲む。
だがザイラスは怯えるどころか、逆に楽しげに身を乗り出した。
「銀髪に取られるのも癪だけど、君のように利用しないのはもっと癪だ。せっかく目の前に宝があるのに、守って眺めるだけ?……もったいなさすぎだろ」
レオンの足元の瓦礫が、握られた剣気の余波で砕け散る。
青い瞳は怒りに燃えていたが、その怒りは“静か”で、“凍えるほど冷たい”。
「……黙れ。お前達は全員、消す」
沈む声が、地下の闇を切り裂く。
狂気と怒り──その対比が、赤魔石の光をさらに不気味に照らし出した。
***
赤魔石の棚に反射する光が、レオンの剣先で鋭く煌めく。
「──レナの血を欲しいだと」
低く押し殺した声。
だがその瞬間、地下拠点の空気が凍りついた。
ザイラスは相変わらず能天気に笑っていた。
「そうそう。可愛いしさ、実験にも使えるし──いやぁ、最高の素材じゃん?」
その言葉が終わる前に、床が爆ぜた。
──ドンッ!
レオンの足が踏み込む。
地を割り、石壁を震わせ、青白い魔力が一気に剣へと収束する。
「お前がどう組織に告げようと関係ない。ここで、俺が叩き斬る」
斬撃。
魔力を纏った一閃が、空間を切り裂き、赤黒い棚をもろともに両断した。
「はっ、やっぱり! こうでなくちゃ!」
ザイラスは狂喜した。
腕を広げ、指先から黒い糸のような魔術を展開する。
壁、天井、床──全てから“縫い合わせた影”のような拘束が走り出す。
「解剖してやるよ、君の完璧な骨格! 生きたままな!」
「黙れ」
レオンの声が轟いた。
青の瞳が、怒りで灼けるように光を放つ。
拘束の鎖が伸びるより早く、彼の剣は閃き、黒い影を斬り裂く。
二閃、三閃──間合いを詰めるごとに空気が火花を散らし、
レオンの圧倒的な殺意が、地下の空間全てを支配していく。
ザイラスの笑みは消えない。
だが、その額には僅かに汗が滲んでいた。
「やっぱりさぁ……君みたいなやつ、壊れる瞬間が一番美しいんだよ!」
「壊れるのは、お前だ」
剣が振り下ろされる。
怒りの奔流が、狂気と激突した。




