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Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第ニ章 真贋の饗宴─ Carnival of Blood
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第80話 レオン、侵攻

 学院最上階の重厚な会議室。

 長机を囲んで十数名の教師と幹部が集まっていた。


 机の上には魔力痕を写し取った記録紙が広げられ、結界師の筆跡で赤い印がつけられている。


「……確認できた残留魔力の符号、間違いないな?」


 白髪の教師が問いかける。


「はい。三か所の現場から採取した痕跡が一致しました」


 術式解析担当の若い教員が頷いた。


「ザイラス・カイゼル。二十五歳。元Sクラス所属。退学理由は……素行不良と、禁術の持ち出し」


 会議室にざわめきが走る。

 対外的にはまだ名を伏せているが、この名を正式に共有された教員は多くない。


「……やはり、レオン・ヴァレントやオルフェ・クライドの証言は正しかったということか」


 誰かが呟いた声は、重苦しい空気に吸い込まれていった。


「学院が追放したはずの人間が、今さら……」


「しかも市街地で結界を破り、キメラを生み出すなど……」


「魔術局に知られれば、学院の責任問題は免れんぞ」


 厚いカーテンの隙間から差す午後の光は重苦しく、誰もが声を潜めていた。


「……彼を“敵性対象”として正式に指定するしかないな」


 学院長格の初老の男が、決断を下すように言った。


「だが問題は、誰が対処に当たるかだ。軍では抑えきれん。学院の威信を保つためには……」


 沈黙ののち、数人の視線が自然と同じ名に集まる。


「レオン・ヴァレント」


 その名が告げられた瞬間、重い空気がさらに沈んだ。

 彼はすでに学院からの要請を拒んでいる。

 だが、他に適任はいない。


「……都合のいい話だな」


 誰かが小さく漏らしたその一言は、部屋に漂う後ろめたさを代弁していた。



 ***



『ザイラス・カイゼル。彼の術式を、少しだけ解析した。

 残留魔力の符号から見て……北西。学院から三里ほど離れた地下構造だ』


 ──レオンはオルフェの言葉を思い出していた。


 その時、廊下に足音が近づく。

 振り返ると学院の伝令が立っていた。


「……学院より通達です。今回の件、正式に“ザイラス・カイゼル”を学院全体の敵性対象とし、必要あらばヴァレント殿に再び出動を要請する可能性が──」


 その言葉を最後まで聞く前に、レオンは低く笑った。


 普段は決して崩れない“虚像”が、一瞬だけ剥がれ落ちたように見えた。


「……勝手だな」


 剣を肩に担ぎ、伝令に冷ややかな視線を向ける。


「動くなと言ったのは、どっちだったか。

 市街地では控えろ、学院の看板を背負っている自覚を持て──

 あれは何だった?」


 伝令は言葉を詰まらせ、視線を落とす。


 レオンは鼻で笑い、踵を返した。


「……潰すのは、勝手にやる。俺の都合で、俺のやり方で」


 それは決して学院のためではなかった。

 国家でも、名誉でもない。


 ただ一人の少女のために、剣を抜く。



 ***



 夜風が冷たく吹き抜ける廃区画。


 石畳の路地に残る淡い魔力の痕を、レオンはしゃがみ込んで確かめていた。


 残滓は薄い。

 だが、確かに残っている。

 指先で光をなぞると、見慣れぬ符号が散らばった。


(……オルフェが言っていたのは間違いなさそうだな)


 結界術式の断片。

 符号の配列は軍や学院の体系とは違う。


 狡猾に隠されていたが、魔力の流れがひとつだけ北西へ伸びている。


「……北西。学院から三里……地下、か」


 小さく呟いた声は夜気に溶ける。


 この規模で隠匿するなら、自然に紛れる古い建築物──それも、地上より地下構造の方が都合が良い。


 そして、脳裏に一つの答えが浮かぶ。


 旧教会。

 数年前に閉鎖され、今は誰も寄り付かない廃墟。


(やはり、そこか)


 碧眼に決意の光が宿る。


 立ち上がり、外套を翻す。

 足取りは迷いなく、北西の廃区画へと向かっていた。


 ──レナが一人で流した血に対し、それに見合うだけの報復を。


 彼の中で、もはやこの“任務”は“個人的な狩り”に変わっていた。



 ***



 旧教会は、夜闇に溶けるように静かに佇んでいた。


 朽ち果てた尖塔、砕けたステンドグラス。かつて祈りの場だった空間は、今や不気味な影の溜まり場と化している。


 扉を押し開けると、乾いた木の軋みが響いた。

 埃と薬品の混じった臭気。人の気配はない。


 レオンは躊躇なく奥へと進む。


 旧教会の地下階段を踏みしめるたび、鉄と血の臭いが濃くなっていく。

 薄闇の中、レオンはただ静かに歩を進めていた。


 視界が開けた先。

 地下空間は、まるで小規模な実験施設だった。


 石壁と補強された鋼材。無数の魔術設備。


 その青い瞳には、迷いも躊躇もない。


 通路の先、警報が走る。

 檻が開き、巨体の“それ”が姿を現す。


「……マンティコア?」


 異形の怪物。蛇腹の尾に猛毒の針を持ち、虎のような肉体に人間の顔を縫い付けた醜悪なキメラ。赤魔石を埋め込まれた、改造生物兵器。


 レオンは剣を抜かずに、指先に魔力を込めて呟く。


「悪趣味だ」


 瞬間、床が走った。結界陣のように構築された雷の構文が、怪物を中心に炸裂。マンティコアは苦悶の咆哮を上げ、肉体が音もなく焼き崩れていった。


 ──それが合図だったかのように、空間の奥から複数のキメラが現れる。


「……量産型か。どうせ“素材”も全部、人間だろ」


 レオンは無表情で剣を抜く。

 鋭い斬撃が空気を裂き、咆哮と断末魔が拠点に響いた。

 剣が一閃するたびに、鮮血と火花が壁を染めた。


 数分後──


 床一面に広がる、肉と骨と血の山。

 すべて、ザイラスの“作品”だったもの。


(……造られた魔物ばかり。オルフェの言った通りだな)


 冷えた思考のまま、彼は奥へ奥へと進んだ。



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