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Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第ニ章 真贋の饗宴─ Carnival of Blood
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第74話 欲望の対価

 《王都学院日報》


「学院生徒の連続失踪 魔術的犯行の可能性高まる」


 近頃、王都学院に通う生徒たちの失踪事件が相次いでいる。

 治安部の発表によれば、これまで一般市民が狙われる事例が多かったが、今月に入ってからは AクラスからEクラスに至るまで、計6名の学生が行方不明 となっている。


 いずれの現場にも強力な魔術痕が残されており、通常の誘拐事件ではなく「魔術的な犯行」の可能性が高いと見られている。


 また、学院関係者の証言によれば、つい先日には Sクラス生徒が誘拐未遂を受けた 事例も確認されている。幸い未遂に終わったものの、犯人像は依然不明。


 学院当局は、全校生徒に対し「一人での外出を控えるよう」強く通達。


 警備部隊を強化する方針を示す一方で、犯行が組織的である可能性も否定できず、不安の声が広がっている。


【別欄・闇市場情報】


「模造赤魔石、闇市場で押収」


 治安部は先日、王都近郊の魔術用品闇市場にて、違法な「模造赤魔石」を複数押収したと発表。専門家は「人為的に作られた不完全な魔石である可能性が高い」と指摘。


 関係者の一部が元学院関係者である疑いがあり、捜査が進められている。



 ***



 カリグレア学院・休憩室。

 昼下がりの窓から光が差し込み、新聞を広げる三人の顔を照らしていた。


「……学院生、狙われてる?」


 サラが顔をこわばらせて紙面を覗き込む。


「前は一般人ばかりだったのにな。今度は6人だ。偶然じゃない」


 エリックの声は低い。


「Sクラスまで……」


 レナの声は、思わず震えていた。エリックはため息をつき、新聞を畳むと二人を見た。


「Sクラスにすら手を出せる魔術師か。そりゃ学院も『一人で出歩くな』って通達出すわな」


 彼の声色には、普段の軽さはなかった。

 その真剣さに、サラが首を傾げる。


「ねえ……でも、どうして学院生ばかり? ただの誘拐じゃないんでしょ?」


 エリックは、ほんの一瞬だけ周囲を見回した。

 休憩室のざわめきを確かめてから、声を落とす。


「……噂だと、赤魔石のコピー品が出回ってるらしい。で、その原料にされてる、って話だ」


「赤魔石……?コピー品?」


 サラが首をかしげる。

 エリックは腕を組み、少しだけ説明する調子に変わった。


「本物はファウレス家が滅んで希少だ。研究者からすりゃ、どうにか再現したくもなるだろ。赤魔石ってのは、とんでもない魔力を秘めた代物だからな」


 エリックの声にはいつになく熱がこもっていた。


「そんなにすごいの?」


 サラが身を乗り出す。

 エリックは腕を組み、淡々とした口調で答える。


「すごいどころじゃない。赤魔石は“特定の血”からしか生成できない特別な魔石だ。中には膨大な魔力が詰まってて……詠唱も、魔法陣もなしで魔法を発動できる。兵器に転用すりゃ、世界の均衡が変わるってレベルのシロモノなんだ」


「無詠唱って……普通はできないの?」


 レナが恐る恐る口にした。


「普通は不可能だよ」


 エリックは肩をすくめる。


「……でも例外はいる。──つーか、学院に二人いるだろ。レオンと、オルフェだ」


「ああっ!そういえばそうだわ!」


 サラが声を上げる。エリックは苦笑混じりにうなずいた。


「そう。詠唱も陣も要らない。ひとりは剣を振りながら魔法を叩き込んでくる。ひとりは、異常な精度で術式を操る。俺からしたら反則だね。……ま、俺らから見りゃどっちも“化け物”ってやつさ」


 レナは小さく息を呑んだ。

 胸の奥にひやりと冷たいものが広がる。

 続くエリックの話に耳を傾ける。


「市場に出回ってるのはほんの僅かな欠片だけだ。本物の大きな赤魔石は国家予算に匹敵する価格で取引される。国家間での密約に使われたり、闇マーケットで高額で取引されてたりな」


「そうね……赤魔石の欠片は魔術用品店で見たことあるわ。本当にちっちゃい欠片だったけどすごく高価だった」


 サラがぽつりと言う。


「だろ?この辺だと、ヴァルグレイス帝国なんかは、赤魔石の確保に躍起だって話を聞くよ」


「あの超大国?国の規模も財力も桁違いだよね?」


 レナが問いかける。


「ああ。あの国には、“世界一の魔術師家系”まで存在してる。王家ですら彼らに一目置くって話だ。資源も人材も潤沢。それに赤魔石を加えるんだから、軍拡は間違いないよ。うちみたいな弱小男爵家じゃ、到底太刀打ちできない世界の話さ」


「……え? エリックって貴族なの!?」


 サラが盛大に二度見する。


「普通に言ったけど!?」


 レナも思わず声を上げ、エリックを指差した。


「いや、だから弱小だって。ほんとに“普通以下”の男爵家だよ。領地は狭いし、城もないし、偉そうな親戚もいないし。家紋? 実家の倉庫に眠ってるよ」


 軽く手を振るが、照れ隠しの空気が見えた。


「それでも貴族は貴族でしょ!もっと早く言いなさいよ!」


「サラ、声大きい」


 サラが肩をばたつかせる中、エリックは新聞を閉じて静かに口を開いた。


「赤魔石はさ、代償が“人の命”だからこそ、あれほど強力なんだ。……あれは欲望その物だ。人を狂わせる。模造すら作ろうとする狂人が現れるのも無理はないよ」


 その瞬間、休憩室の空気が一変した。


 窓の外では鳥が囀っているというのに、部屋の中だけが妙に静かだった。


 サラもレナも、息を呑むようにして黙り込む。


 レナはふと、胸の奥を押さえるように手を当てた。


(赤魔石……ファウレス家……)


 聞き慣れたその言葉に、どこか心の奥がざわめいているのを抑えられなかった。


(この血が、誰かを不幸にするかもしれない──そんな予感は、ずっと前からあった。でも……)


 エリックの語った“赤魔石”は、想像していたものとは違った。


(争いの理由になる。国が、世界が動くほどの……力)


 ──思考が追いつかないほどの焦燥。


 自分の血が、世界を動かすかもしれない──その現実に、ひどく寒気がした。



 ***



 学院、中央棟。

 静かな廊下に、硬質な靴音が響いていた。


 オルフェ・クライドは、報告書を収めた封筒を手に、無言で歩いていた。袖には乾いた血の跡がまだ残っている。


 誰もが避けるように視線を逸らし、距離を取る。


「……オルフェ」


 ふと、進行方向の角を曲がった先に立っていたのは、レオンだった。冷たい眼差しで、無言のままオルフェを見据えている。


 すれ違いざま、オルフェはふと足を止め、書類を掲げるようにして言った。


「報告書だ。街の結界異常、原因はほぼ確定した」


「……あのキメラの件か」


「そうだ」


 オルフェは言葉少なに続ける。


「核を模造赤魔石にして、人間の身体を素材に繋げていた。……悪趣味で粗雑だったな。構成は乱れていて、術式に一貫性もない」


 レオンの眉がわずかに動いた。


「……会ったのか。あの男は殺さなかったのか?」


 その声は低く、淡々としていたが、奥底に微かに“怒り”が滲んでいた。


 オルフェはレオンの顔を見ず、前を向いたまま答える。


「今殺せば、元締めに辿り着けないだろう」


「……」


「キメラを街中で暴れさせた時点で、あいつはただの異常者じゃない。後ろに組織がある。明らかに、意図された試験だった」


 レオンの瞳が、僅かに鋭くなる。


「どこだ?」


「まだ断定できない。だが──赤魔石を“兵器”として扱おうとしている節がある。失敗作とはいえ、似た波動を量産している以上、何らかの基準点を探しているんだろう」


 沈黙が落ちた。

 オルフェはレオンの視線を受け止めた。


 そのまま二人は、言葉を交わすことなくすれ違う。

 互いの背を向けながら、しかし同じ敵を想いながら。


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