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Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第ニ章 真贋の饗宴─ Carnival of Blood
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第66話 クレープ×デート+孤高の騎士

 甘い香りが漂うクレープ屋前の小さな丸椅子に並んで腰掛ける。焼きたてのクレープを受け取ったレナは、目を輝かせて口元をほころばせた。


「ん……これ、すごく美味しい……!」


 さくっ、もちっ、とした音を立てて頬張るレナの横で、レオンは肩を落とし気味に、しかしどこか安心したような表情でそれを見ていた。


「お前、本当に甘いの好きだな」


「好き。大好き。疲れが飛ぶよ。レオンも……ねえ、ちょっと食べてみる?」


 そう言って、レナは自分のクレープを持ち上げる。


「はい、あーん」


 笑顔のまま、レオンの方に差し出した。

 レオンは明らかに一瞬、固まった。


「……あ?」


「あーん」


 レナは悪気など一切ない純粋な瞳で、もう一度言った。レオンは、周囲の視線が気になるでもなく、むしろ戸惑いのほうが大きいようだった。


「……お前なあ……」


 そう言いながらも、彼はほんのわずかに表情を崩し、結局そのまま小さく口を開いた。レナが差し出したクレープの端を咥え、ゆっくりと咀嚼する。


「……甘いな」


「でしょ?美味しいよね!」


 レナは嬉しそうに頷いた。レオンは小さく息を吐き、それから手元のもう一つのクレープを少しだけレナに差し出した。


「……こっちも食べるか?」


「え、いいの?」


「甘さ控えめだ。お前のはちょっと……味が濃すぎる」


「そう?でもありがと、もらうね」


 クレープを受け取ったレナが、またぱくりと口に運ぶ。その頬には、どこまでも素直な幸福の色が滲んでいた。



 ***



 ──その様子を、街の裏手からじっと見つめるもうひとりの影がいた。


 石壁の陰。記録魔、オルフェ・クライド。


 革表紙の観察ノートに、静かに記されていく。


 ※ 観察対象A(ファウレス):あーん……とは、給餌の意図か?

 → 目的:共有・肯定・親密化。無防備に分類。


 ※観察対象B(レオン):拒否せず咀嚼。拒絶反応なし。

 → 通常の精神防衛反応が見られない。

 → 反応:微笑? 緊張解除、視線ソフト化。


 一文字、一文字と、観察は冷静に続く。しかしその裏で、別の記録には書かれない“感情”が、オルフェの中に芽吹き始めていた。


(……この女の子は、何をしているんだ?)


 無自覚に、人を動かす。


 ただの笑顔で、あの冷たい男を、あの殺すことにためらいのない存在を、変えていた。



 ***



 沈む夕陽が、長く伸びた影を絡ませていた。レナは、青魔石の入った買い物袋を持って、隣を歩くレオンの横顔をそっと見上げる。いつもより、少しだけ柔らかい表情をしていた。


「……レオン、今日はありがとう。塔からの見晴らし、すごく綺麗だった。それに、クレープも、青魔石も買ってもらって……」


 レナが口にすると、彼は視線を向けぬまま答えた。


「別に……礼を言うことじゃない。俺が勝手にやってることだ。青魔石、使い終わったらまた言え。補充するから」


 その声はいつも通りのそっけなさだったが、レナには、ほんのわずかな“照れ”の揺らぎが聞き取れた。二人は夕暮れの公園の前を通りかかる。通りには人の気配がまだ多い。


 ──そのときだった。


 大気を裂く轟音。地面が揺れ、空気が震える。

 何かが、空から“落ちた”。


「……え……?」


 レナは思わず立ち止まり、振り返る。


 公園の花壇と噴水のある広場の中央に、それはいた。


 人のような上半身に、猛禽の翼、獣の脚──異形の“塊”だった。角と牙がねじれたように生え、全身から紫がかった瘴気をまき散らしている。


 まるで、複数の生物を無理やり繋ぎ合わせたかのような──“キメラ”が二体いた。レナはすぐに新聞記事のことを思い出した。


「……なんで、こんな街中に……?」


 呟いた瞬間だった。


「レナ、下がってろ」


 その声がしたときには、レオンはすでに──レナの前に立っていた。


 買い物袋が、地面に転がり落ちる。

 彼の動きは、考えるよりも先にあった。


「っ……!」


 レナは息を呑む。


 レオンは無言のまま、半歩、彼女の前へと出る。制服の裾が風に揺れ、金の髪が斜陽を反射して光る。右手は、剣の柄へ。その顔には、感情という名のすべてが消えていた。無駄がない。恐れも迷いも、ためらいさえもない。まるで──最初から、そこに立つことが“定め”だったかのように。


 そして彼は、静かに歩を進めた。広場とレナの間に、自分の身体を滑り込ませるように。


「……作られた魔獣か。魔術式が混じってるが、雑だな。」


 レオンの低い声が、獣の唸りのように響く。目の前のキメラがレオンに気づき、唸り声を上げた。


 刹那、澄んだ金属音が、街の空気を切り裂く。レオンが剣を抜いた。夕陽の下、斜めに伸びた影の中で。その姿はまるで──戦場に立つ騎士のようだった。



 ***



 剣が抜かれると同時に、空気が変わった。レオンの碧眼はどこまでも冷たい。氷の底に沈んだような光は、激情も、怒りもない。ただ“排除”のための光だ。


「……そこから動くなよ」


 背後のレナに向けたそれだけを最後に、レオンはキメラへと向き直った。


 次の瞬間、斬撃。


 誰も、その動きを“見た”とは思えなかった。黒い制服の裾がひるがえったその一閃で、最初のキメラの首が──落ちた。遅れて地面に倒れる巨体。紫の瘴気が噴き出す中、レオンは一歩も退かず、血の飛沫を払いもせず立っていた。


「……速すぎる……」


 公園の遠く、逃げ遅れた数人の市民が、口元を押さえて立ち尽くしていた。悲鳴すら、喉に詰まる。


「人間……なのか、あれ……」


 ざわめきが走る。だが、そのざわめきも二撃目で凍りついた。レオンは振り返りもせず、二体目のキメラへと接近していた。剣を構えない。キメラが鋭い爪を振り下ろす。だがそれは──“そこにいた”はずの少年の残像だった。


 次の瞬間、レオンはキメラの背後にいた。地面が“ずるり”と赤黒く染まる。剣を、背骨ごと内側から引き裂いていた。キメラは喉の奥で泡を吹き、震えるように仰け反る。


 レオンは光のない目で、淡々とそれを見下ろしていた。まるで、虫でも踏み潰すような無機質な視線だった。


「こんな物が、研究の成果かよ」


 その言葉と共に、剣を横に払う。肉が裂け、骨が砕け、血が霧のように舞う。公園にはただ一人、血の霧に包まれた少年が立っていた。剣から滴る赤黒い血が石畳を濡らしている。


 あまりにも、静かだった。

 そこにあったのは、英雄の姿ではない。

 死を当然とする者の姿だ。


「……やばい……あの男、魔物より……」


「なんだよ、あいつ……人間じゃ……ない……」


 立ち止まっていた目撃者たちが、後ずさる。レオンの碧眼が、ふとそちらを向くと、彼らは本能的に“目を逸らした”。命を助けられたはずなのに、誰もが恐怖を滲ませている。


 目が合っては、いけない。


 そう思わせる“何か”が、レオンの中にあった。

 彼の周囲だけが異質で、彼だけが、この世界に“属していない”。


 彼は守ったのではない。

 “処理した”のだ。

 自分にとって不要な危険因子を。


 レナが見守るなか、レオンは静かに剣を収めた。

 

 血の滴る音だけが、響いていた。


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