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Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第ニ章 真贋の饗宴─ Carnival of Blood
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第54話 上位の模擬戦

 砂塵が舞う訓練場に、重たい空気が降りてきた。


 先ほどまでの模擬戦で立ち昇った煙がまだ残り、陽光を反射して揺らめく。


 「次の組──レオン・ヴァレント、オルフェ・クライド」


 審判役の教官が短く名を告げた瞬間、それまでざわついていた場が嘘のように静まり返った。砂の落ちる音すら響きそうな緊張が走る。


 「……おお」


 「さっきまでの連中とは、まるで違う」


 Sクラスの生徒たちが、誰からともなく息を呑む。

 普段なら嘲笑や軽口が飛ぶはずの観覧席も、押し黙った。AからEまで、立場の違う生徒たちがそろって目を凝らす光景は、異様ですらあった。


 立ち上がった砂煙の中で、二人の影がゆっくりと対峙する。金の髪に青い瞳の少年は剣を軽く握り、殺気を帯びぬまま静かに構える。

 対する銀髪の青年は、外套の裾を翻しながら、無造作に指先を動かす。そのたびに空気が軋み、目に見えぬ魔力の波が地面を震わせた。


 「オルフェって人……あんなに魔力を放っていいの?」


 観覧席の最前列で見ていたレナが、小声で呟いた。


 隣に座るエリックが、苦笑を浮かべながら首を振る。


 「ダメに決まってる。普段オルフェの首にかけてるペンダントは魔力の封印具なんだ。それを外してるなら──誰も止められない。そういう奴なんだ」


 空気が張りつめていく。


 砂煙の中で、二人の立ち位置が決まる。


 合図と同時に、砂煙が爆ぜた。


 レオンが一瞬で間合いを詰める。剣に纏った青白い魔力が、砂を裂きながら一直線に走った。

 その斬撃を、オルフェは指先の一振りで結界陣を展開し、寸前で受け止める。

 衝突の衝撃で訓練場の地面が爆ぜ、観客席にまで熱風が吹き込んだ。


「は、速ぇ……!」


「片や剣だけであの速度、片や結界で完璧に防ぐなんて……」


 見学者たちがざわめき始める。


 レオンは間断なく攻め続けた。鋭い斬撃、踏み込み、体勢を崩す連撃──そして、剣閃に混じる青白い線が、オルフェの結界を走る魔力の“骨組み”を狙っていく。

彼の特異な技──魔術の構造そのものを切断する一撃。普通の魔術師なら、術式ごと一瞬で崩壊させられる。


「……君、結界の構造を“切って”るのか」


 その多重結界は揺らぐことなく再構築され続けていた。

 レオンの斬撃が“骨組み”を断とうとしても、まるで底なしの海に刃を振るうように、オルフェの魔術はすぐさま自己修復し、形を変えていく。


「……君の剣、触れると厄介だね」


 オルフェの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


「だが、僕の術式は“ひとつ”じゃない。触れさせなければいいだけの話だ」


 その声と同時に、訓練場の上空に幾重もの結界が展開された。透明で多面体の結晶が連なり、刃状になっていく。次の瞬間、きらめく無数の刃が雨のように降り注いだ。


「レナ、危ないっ!」


 観覧席でエリックがとっさにレナを抱き寄せる。

 次の瞬間、レオンの青い光が地を走り、全ての刃を両断していた。


 剣士と術師──どちらも一歩も引かず、ただ精度と速さを競い合う。

 観客には一切ついていけない攻防だった。


 そして──


「そこまで!」


 教官の怒号が響いた。結界が強制的に展開され、砂煙の中の二人を隔てる。


 レオンは息を荒げ、剣を下ろした。

 オルフェは結界の向こうで、肩をわずかに上下させながらも笑みを浮かべている。


 「勝負は──引き分けとする」


 審判の言葉に、訓練場は一瞬沈黙した後、大きなどよめきに包まれた。


 「模擬戦じゃなくて殺し合いじゃねえかよ。どちらが勝ってもおかしくなかったな……」


 最前列で見ていたエリックは、そう呟くと心の奥で冷や汗を流した。



***



[観客の反応]


審判が「引き分け」と告げた瞬間、訓練場を包んでいた緊張の糸が切れたように、ざわめきが広がった。


「……マジかよ」


「今の見たか?結界ごと斬り裂いてたぞ」


「いや、オルフェの術式、あれ複層結界だろ?普通なら一撃で崩せない……」


 Aクラスの生徒でさえ顔を引きつらせ、囁き声を交わす。

 E〜Dクラスの見学者たちは、ただ呆然と口を開けたまま言葉を失っていた。


「……次元が違うな」


「Sクラスの最上位って……あんな世界なのか」


 Sクラスの中にも、恐怖と畏怖の入り混じった沈黙が走っていた。彼らは知っていた──この二人の戦いは、ただの“模擬戦”ではなかった。一歩間違えば、本当に命が散っていた。


 「……レオン、あんな顔するんだな」


 ジークが低くつぶやく。軍人一家の出である彼でさえ、目にした光景に声を震わせていた。


「オルフェも……余裕に見せかけて、本気だったろ」


 宮廷魔術師の名門に育ったノアにとっても、今の攻防は“理屈では説明しきれない異常”に見えた。


 観客席の隅で、マリアンが腕を組んだまま小さく吐息をもらす。


「……あれはもう、生徒の枠を超えてる。“獣”と“狂人”が、檻の中で牙を試してただけ」


「やめろよ……背筋が寒くなる」


 キースが苦い顔をし、隣のエルマーも無言で頷いた。


 誰も軽口を叩けなかった。ただただ、あの二人を“同じ人間”だと認識すること自体が恐怖だった。



***



 訓練場の熱気とざわめきを背に、二人は黙ったまま歩き出した。靴音だけが、砂にまみれた廊下に響いている。


 レオンは剣を背に収め、表情を変えずに前を見据えていた。一方で、魔力を微かに漂わせるオルフェは、どこか楽しげにその背を追う。


 出口に差し掛かったとき、彼は、ふと視線を横に流し、低くつぶやいた。


「……君は、お兄さんに似てないね」


 言葉は軽く、何気ない調子だった。だが、確実にレオンの耳に届くような、意図的な響き。


 レオンの足が、一瞬止まった。

 青い瞳が横目にオルフェを射抜く。


「……誰の話だ」


 オルフェは口元にだけ微笑を浮かべ、答えなかった。ただ歩き出すレオンの背を見つめ、その横顔に刻まれた硬さを観察するかのように。


 廊下の空気は冷え、二人の間に交わる言葉は、それ以上なかった。



***



 レオンは剣を収めたあとも、胸の奥に違和感が残っていた。オルフェの最後の言葉が、耳の奥でこだまする。


「君はお兄さんに似てないね」


(……何者だ、あいつは)


 一瞬で背筋に冷たいものが走った。他人の口からその言葉を聞くこと自体、ありえないはずだった。あの言い方は、確かに“知っている”者の口調。


(俺の……正体に気付かれたのか?)


 額に滲む汗を拭うこともなく、レオンは奥歯を噛みしめる。あの無機質な瞳、観察するような声音。どこまで探られているのか分からない。


 だがひとつだけ確かなのは、あの銀髪の青年は決して侮れない──ということ。彼は、ただの学院生ではない。

危うさも、狂気も、兄の面影を思わせるものを纏っていた。



***



「ねっ、学食一緒に行かない? 期間限定ランチ、食べたかったんだ〜」


 昼休みの鐘が鳴った瞬間、サラがレナの腕を軽く引いた。

 Eクラスに向けられる冷たい視線など気にも留めず、笑顔のまま。


「……私と? いいの?」


 レナが戸惑いがちに聞くと、サラは目を丸くして、すぐに笑った。


「あはは、何言ってんの〜! レナと行きたいの!」


「うん、行こう。私も食べたかったんだ」


 レナの顔に、自然と柔らかな笑みが浮かぶ。


 エリックがEクラスに来てから、以前のような露骨な陰口や嫌がらせが僅かながら減っていた。サラのように“普通に”話しかけてくれる子もちらほらと増え始めている。


 たったそれだけのことが、どれほど嬉しいか。

 並んで歩くだけで、レナの胸の奥がじんわりと温まっていくのを感じていた。


 二人は並んで食堂へ向かい、メニューを覗き込んでは「これ美味しそう」「いややっぱこっち」と小声で笑い合った。


「エリックっていい人だよねー。元Sなのに、全然気取ってないし」


「うん、そうだね。彼のおかげでEクラスでも少し過ごしやすくなった気がする」


 トレイを持ちながらそんな話をしていると、サラがふと話題を変えた。


「そういえば、Sクラスの模擬試合だけどさあ」


 席についたサラは、ちょっと目を輝かせて言う。


「レオンってあんなに強いんだね。戦ってるところ初めて見たけど、すっごい迫力だった!」


「……そうだね。でも、あのまま戦ってたらどうなってたのかな。オルフェって人、あんなに強いと思わなかった」


レナは俯く。するとサラがぱっと身を乗り出す。


「まっ、それは置いといて〜。レオンとエリック、どっち?」


「……何が?」


「どっちが好きなの?聞いてみたかったのよねー」


「ちょっと待って!唐突すぎる!」


「制限時間10秒!3、2、1、さぁどっち!」


「どっちも友達だってば!」


 レナは赤面して答えた。


「ブッブー!それは逃げ道です!恋愛ゲームならバッドエンド突入です!」


「何のゲームの話してるのサラ!?」


「だってレオンはクール王子枠でしょ?エリックは癒し&お菓子枠!選べないのはわかるけどさぁ!」


「お菓子枠って何!?」


 サラは大げさに机を叩いた。


「じゃあ次は3択にしよ!レオン、エリック、甘いケーキ!」


「ケーキでいい!!」


 二人の笑い声が食堂のざわめきに混ざって弾けた。




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