第3話 仮面の下
――【学院・Eクラスでの顔】
「おはよう、レオンくん」
「……ああ」
廊下で声をかけられると、レオンは軽く頷き返した。言葉数は少ないが、愛想が悪いわけではない。
誰にでも平等に接し、講師にも礼儀正しく振る舞う。課題提出は常に時間厳守で、授業態度も真面目だ。成績は――Eクラスの中でも抜きん出ている。
だが、生徒たちは皆知っていた。
彼に近づくと、距離感が狂う。
話していても、どこか心が凍りつくようだ。
優しい声をかけられても、そこに“熱”は感じられない。
「……あいつ、何考えてんのか分かんねぇ」
「でも、無視するわけでもないし……下手な奴よりはよっぽどマシだろ」
「いや、逆に怖ぇよ。無関心っていうか、興味がないだけっていうか……」
彼は“孤高の氷壁”のようだった。
誰にも敵意は見せないが、誰もその壁の中には入れない。
たまに喧嘩を売られても──
「お前みたいな坊ちゃんが落ちこぼれ面してんじゃねえよ」
「ああ、そう」
そう言ってレオンは、一言も返さず相手の腕を捻り地面に伏せさせた。
動きは無駄がなく、冷静で、やり過ぎない。
しかしその目は、まるで戦いに慣れた者のような鋭さを帯びていた。
「……売った喧嘩は買う。ただ、それだけだ」
そう言い残し、彼は背を向けて去っていった。
***
――【校外・別の顔】
その夜。
レナは学院からの支給金で買い出しを終え、裏路地を通って寮に戻る途中だった。
細い路地。人気のない場所。
そこで彼女は見覚えのある金髪の影を見つけた。
「……レオン?」
思わず声が出た。
だが振り向いた彼の顔は、昼間とは別人のように冷たかった。
「……何をしている」
低く、鋭い声。
言葉を探すレナをよそに、彼は視線を逸らした。
「俺のことは見なかったことにしろ。関わるな」
それだけを言い放ち、彼は歩き去った。
すれ違うとき、レナは空気が変わるのを感じた。
温度ではなく、まるで殺気のような何か。
レオンの足は町の奥へと向かう。
一般の生徒が決して近づかない場所へ。
***
――【裏の顔】
ある建物の裏口。扉の先はまるで別世界だった。
金で動く者たち。情報を売り買いする者たち。命を賭ける者たちが集う。
その中に、一人の少年がいた。
十五歳。整った顔立ち。制服ではなく、漆黒の服を纏っている。
「……用件は」
「仕事だ。標的はこれだ。軍の実験から逃げ出した魔術師。昨晩目撃された。報酬は20万リル」
レオンは書類を受け取り、写真を一瞥する。
「場所は?」
「地下水路の旧魔導路。お前なら間に合う」
軽く顎を上げ、背中の剣に指をかける。
「先払いだ。信用はしない」
「……相変わらずだな。取引の流儀は変わらない」
テーブルに置かれた袋を確認し、レオンは何も言わず席を立った。
***
地下水路。静寂の中に足音だけが響く。
標的は逃げるが、足を引きずっている。
魔術の発動音。結界の点火。焦りと恐怖が漂う。
レオンは無言で魔術陣を展開し、詠唱を始めた。
「──穿て、絶氷の杭」
詠唱の終わりと同時に氷の魔術が標的の足元を凍らせた。動きが止まる。次の瞬間、レオンは剣を抜き、寸分の狂いもなく喉元を裂いた。標的は短く息を詰まらせ、崩れ落ちる。
床に零れた血を見下ろしながら、彼の目には一切の感情はなかった。そして、血の中を踏み越え、静かに立ち去った。
***
この学院に、裏社会で“殺し屋”として動く生徒がいることなど、誰も知らない。
だが彼は今日も、平然とEクラスの席に座っている。
――仮面のままで。