表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第一章 絡まる運命 ─ Entwined Fates
39/71

第37話 小さな酒場 後編

夜が深く静まるころ、バーの空気もどこかゆるやかになっていた。


カウンターでグラスを傾けるレオンの視界に、サラがマスターに頭を下げる姿が映る。


「お先に失礼します」


「気をつけてな。裏道は通るなよ」


マスターの声が響くと、サラは小さく笑って手を振った。だが、足取りはどこか疲れていた。


 ──それから、数分後のことだった。


人気のない裏通り。舗装の粗い石畳を一人歩くサラの背後から、足音が複数、重なるように響いた。


「なぁ、ここらに美人がいるって聞いてたけど……ほんとだったな」


「へへ……ひとりかよ。運が悪ぃな、お姉ちゃん」


「……っ、通して……」


声も、足も、震えた。囲んできた男たちは笑っていた。目にいやらしさを浮かべて、逃げ場をふさぐように近づいてくる。


「やめて……っ」


声は涙に滲んで、身体はすくんで動かない。腕を掴まれ、狭い路地へと引きずられていく。


「なぁに、ちょっと遊ぶだけだ。大人しくしてりゃ痛いことはしねぇって」


にやけた顔が目前に迫ったその瞬間、ぐしゃっと、肉が裂ける音が響いた。サラの目の前で、男の身体が崩れ落ちた。首が、なかった。


「きゃあああっ!!」


悲鳴を上げて身を起こす。だが、腕を掴んでいたはずの他の二人も、もういなかった。路地の奥、影の中に立っていたのは、見慣れた金の髪。剣も抜かず、血に染まることもなく、ただ立っていた。レオンだった。


「……ここ最近、お前を狙ってた輩だ」


吐き捨てるように言うその声は、いつもの無感情なそれだった。


「マスターに頼まれてた。……前にも似たようなのがいたから少しずつ潰してたが、また湧いてくるとはな」


サラは崩れ落ち、涙を流した。怖かった。悔しかった。結局、自分は何もできない。


「……魔力、あるんだろ?魔法は使えないのか?」


レオンの問いに、サラは首を横に振った。


「少しはあるけど……魔法、ろくに覚えてなくて……っ」


「なら、夜のバイトは辞めるか、力をつけろ。せめて、自分を守れるくらいにな」


「……ちから……」


呟くサラの声は、泣きじゃくった子供のようだった。


「立て。……送っていく」


レオンの言葉に、サラはゆっくりと頷いた。静かな夜道を抜けて、二人はサラの住む古い民家へたどり着いた。レオンは足を止め、言う。


「……マスターには世話になってるからな」


まるで何もなかったように、レオンは背を向ける。サラは小さく「ありがとう」と言って、手を上げた。背中を向けて、ドアに消える。


──その姿に、レオンは何の感情も浮かべないまま、静かに夜の闇へと溶けていった。



***



その日のバーはまだ開店前だった。カウンターに座るサラの背筋は、いつになくまっすぐだった。


「──カリグレア学院へ行く……?」


マスターが、グラスを拭いていた手を止める。驚きの混じったその声に、サラは頷いた。


「はい。レオンに助けてもらってからずっと……必死で勉強しましたから。ギリギリ合格しました。来期から正式に通う予定です」


「そうか。それは……驚いたな」


マスターの声は、半分は嬉しさで、半分は心配でできていた。


「ここでのバイトも、できる限り続けたいと思っています」


「……理由を聞いてもいいかい?」


サラは少しだけ目を伏せた。けれど、その瞳には濁りのない意志が宿っていた。


「……レオンと、一緒にいたいんです」


マスターの眉がぴくりと動いた。


「サラ。レオンくんは危険だ。それに、あの少年が見てるのは──」


「……分かってます」


サラの声は、ひどく静かだった。だが、弱さはなかった。


「それでも、助けられた恩は返したいんです。それに……あの夜、あの恐怖が、忘れられなくて」


あの手とあの声。レオンの、何も語らない強さ。あのときの自分の、何もできなかった無力さ。


「だから……私、強くなりたいんです」


誰に見せるでもない、ひとりきりの決意が、そこにあった。マスターはしばらく沈黙したあと、苦笑を浮かべた。


「あぁ。わかったよ。がんばりな」


「……ありがとうございます」


サラは深く、一礼した。守られるだけの自分から変わるために。学院で彼と同じ場所に立つために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ