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Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第一章 絡まる運命 ─ Entwined Fates
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第30話 絶望の中の光

朝の空気は冷たく、どこか湿っていた。

C地区集合場所に立つレナの顔は、まるで魂が抜けたようだった。唇の色は薄く、目は伏せがちで光を失っている。制服の袖をぎゅっと握りしめながら、震える手を隠していた。


(大丈夫、大丈夫じゃないけど……行くしかない)


背中のリュックには、支給された補助魔石が数個、自前の魔石も数個と銀の短剣。血に宿っている魔力は極力使いたくない。規模が大きいほど、魔力の痕跡が残ってしまうから。だが、最悪の場合は命のために“解放”しなければならないのも分かっていた。


「私は……生き残れるんだろうか」


自問した言葉は、答えのない霧に溶けていった。


魔物討伐の実習が始まった。草木は枯れ、地面はひび割れ、魔力に侵された空気が肌を焼くようだった。


「来たぞッ! 右から2体!」

「後衛、援護を!くそっ!」


仲間たちは次々と魔物に押され、重傷を負っていく。盾役の少年が肩を裂かれ、悲鳴を上げて倒れた。回復役の少女は震えながらも必死に呪文を唱えるが、治癒が追いつかない。


レナは必死に補助用の魔石を使い、攻撃と回避をこなす。

火球、氷槍、衝撃波──術式はどれも教科書通り。だが、威力も精度も足りなかった。


「……足りない、魔石、あと3つ……」


魔石の数が減るごとに、レナの心は冷えていった。

焦燥、恐怖、そして「最悪の選択」へのカウントダウン。


魔物はまだまだいた。

──彼らが今いるのは、まだ「外縁」に過ぎなかった。



***



少し離れた木の上。黒いマントに身を包んだレオンは、冷静に一部始終を見ていた。


(想定通りだ。数も、危険度も、学院の予測を遥かに上回っている)


指先で軽く魔力を弾きながら、視線だけはレナを追っていた。ぎりぎりの選択をしながら、もがき、耐え、そして恐れている。レオンの瞳に、一瞬だけ感情が揺れる。けれどその表情には、まだ動く意志はなかった。


(……今は、まだ動く時じゃない)


エリックの気配が近づいてきている。どこまでやれるのか──その実力を、少しだけ試してみるつもりだった。



***



崩れた石柱の影。染みついた瘴気が重たく空気を濁らせ、地を這うような低い唸りが周囲に満ちていた。レナは、右手に血をにじませた刃を握り、左足を庇うように構えていた。視界の先にいるのは、四体。魔獣の爪が、風を切り裂いた。レナは身を捻って避けようとしたが、反応が一瞬遅れた。


「……っ!」


その刹那、重い音と共に何かがレナの視界を遮る。次の瞬間、灰色の影が吹き飛ばされ、魔物の体が地に転がった。


「大丈夫か、レナ!」


軽やかな声と共に、風が駆け抜けた。


エリック・ハーヴィル。

 

その青年は、誰よりも明るい顔で、誰よりも自然に彼女の隣に立っていた。風の魔力を纏う彼の脚が、滑るように地を蹴る。短剣が光を反射し、二体目の魔物の喉元に突き刺さった。レナの目が見開かれる。


「……なんで、ここに……!」


「たまたま通りかかった!君がいたから“あーやっぱり巻き込まれてる!”って!」


「そんな軽く……!」


「軽くないよ?ほら、背中、下がって!」


冗談めかす声とは裏腹に、動きは正確無比だった。肩越しに放たれた風刃が、後方の魔物の脚を断つ。その隙にレナは一歩、後ろに引いた。背中に張りついていた冷汗が、ようやく落ちる。


……なぜだろう。さっきまで“自分ひとり”で何とかするつもりだったのに。今はこの背中があるだけで呼吸が楽になっている。エリックは振り返らずに言った。


「……君が“まずい”って思ったら、俺も出る番だってことだろ?」


その言葉に、レナの心臓が一度、強く鳴った。



***



二人は背中合わせに陣を取り、動き出す。エリックの剣が次々と魔物の首筋を断ち、レナは魔力の糸を編むようにして治癒と封印の陣を展開する。


「右、来るよ!」

「うん、任せて!」


小柄なレナの足元に迫る魔物へ、エリックがすぐに踏み込む。刹那、剣が煌めき、血が飛ぶ。


(……すごい。この人、やっぱり本当に強い……)


その動きには、鍛錬と経験の匂いがあった。だが、状況は長く持たなかった。一体、また一体と、魔物が這い出てくる。


「……数、増えてきたな。予想以上だ。」


 肩で荒い息をつきながら、エリックは状況を見渡す。自分一人なら、まだ戦える。だが、レナを守りながらでは一瞬の判断ミスが命取りになる。


 (誰かを守るって、こんなに難しいのか……)


唇を噛む。剣先の血が飛び散る。そのすぐ後ろで、レナが震えているのを感じた。



***



魔物の数は減らない。むしろ、森の奥から這い出してくる気配は強まっていた。レナ達とは別の場所でも生徒達は必死に戦っていた。


「くそっ、後衛! 支援はまだか!?」

「無理だ、回復魔石がもう……!」


互いに叫び合う声が、湿った空気にかき消されていく。数人の生徒はすでに地面に膝をつき、息も絶え絶えだった。


「やばい、囲まれる……!」


誰かが叫んだ。周囲の茂みから新たな魔物の影が三体、四体が出口を塞ぐ。


「──まだ、戦えるやつ、前に出ろ!」


指示を飛ばす生徒。だがその声には、すでに自信も希望もなかった。仲間を守る盾役の少年は血だらけで、前に出ようとしても膝が震えていた。


「なんで……なんでこんな場所なんだよ……!」


誰かが泣きそうな声で呻く。足元の土は血でぬかるみ、魔石はほとんど尽きかけている。


「これ、絶対おかしいだろ……。どうして学院は、わざわざ“こんな場所”指定したんだよ……!」


回復役の少女が、押し殺した声で言う。


「私達の“価値”でも、試してるんじゃない?」


ひとりが吐き捨てるように言った。その目は、恐怖と怒りと諦めの色を浮かべている。


「死地に投げ込んで、誰が生き残るか見るつもりだろ。

 使えるやつと、使えないやつを分けるために……」


短い沈黙。誰も否定しなかった。学院の訓練は“厳しい”で知られている。だが、今日のこれは違う。明らかに、“生きて帰る保証”など最初から無かった。


「……ふざけんな……!」


誰かが地面を殴る。それでも、剣を手放す者はいない。まだ、生きるために、諦めるわけにはいかなかった。


その時、また一体、魔物が草むらを蹴って飛びかかった。


「来るぞ―!!」


全員が必死に武器を構え直す。血と汗と泥にまみれた小さな戦場で、“命を捨てない”と叫ぶように、彼らは踏みとどまった。



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