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Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第一章 絡まる運命 ─ Entwined Fates
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第29話 討伐実習

学院の朝は静かで、少しだけ湿った空気が流れていた。鈍く曇った空が、まだ眠りの余韻を残している。レナは教室の片隅で、本を開いていた。穏やかな時間、のはずだった。


「……レナ、これ、出てるよ」


クラスメイトの声がして、差し出されたのは一枚の紙。印字されたその表題に、息が詰まる。 


【魔物討伐実習:C地区・明日朝7時集合】

参加者:レナ・ファリス、他18名


「……え?」


思わず小さく声が漏れた。紙の端を指でなぞるように、何度も見直す。だが、そこに記された自分の名前は、何度見ても確かにそこにあった。


「これって……たしか、C〜Eクラス、ランダムで選ばれるんだよね……?」


呆然としたまま、振り返ってクラスメイトに尋ねると、彼女は苦笑しながら頷いた。


「うん。完全ランダム。……運が悪かったね、レナ」


「……うそ」


レナの顔から、さっと血の気が引いた。視界の端が揺らぐ。

その場所は、学院の中でも“最悪”の名を冠した実習地帯だった。


──C地区。

過去に数名の死亡者や複数の負傷者を出したこともあり、生徒の間では“ハズレ”の代名詞として恐れられている実習地帯。防御魔法が弱い者や、補助系の生徒にとっては、ただの訓練ではなく“生存試験”とも言われている。


「……っ、なんで……よりによって……」


レナは紙を握りしめた。



***

 


そのころ、レオンは一人、校内の掲示板の前に立っていた。誰もいない廊下。しんとした静寂。ふと、目を止めた紙の一枚。


【魔物討伐実習】

・C地区派遣班(明日実施)

参加者一覧:レナ・ファリス 他


指先が、紙の端をなぞる。


「……C地区、ね」


呟く声は冷たく、底を感じさせない。その場所がレナに耐えきれるとは思えなかった。彼はすぐに踵を返した。ただ静かに、掲示板を背にして歩き去る。



***



職員室の扉が、勢いよく開いた。


「──ちょっといいですか?」


声を張り上げたのは、エリック・ハーヴィル。普段は穏やかで、人当たりのいい彼の顔に、怒りの色がにじんでいた。教員たちが一斉に振り向く中、エリックは真っ直ぐに一人の教師へ歩み寄った。訓練実習担当のベルトン教官。寡黙な軍出身の教官で、生徒には厳しいことで知られている。


「C地区に、レナ・ファリスが配属された件について、説明をお願いします」


「……書類は確認済みだ。ランダム抽出の結果だよ」


「……なら、再抽選してください。彼女は支援系です。あの子をあんな場所に送るのは──どう考えてもおかしいでしょう?」


「君の気持ちは分かる。だが、決定事項だ」


ベルトンは、書類の山を動かす手を止めない。あくまで冷静に、感情を交えずに言葉を返した。


「彼女に何かあったら、あなたは責任を取れるんですか?」


「そのために教官が帯同する。必要以上の配慮はない」


冷たく、機械のような返答。エリックは拳を握りしめた。喉の奥で怒りが煮え立つ。だが、ここで声を荒げても、意味がないことも分かっていた。


「……これは“訓練”じゃなくて“博打”です」


ベルトンは、エリックの視線を真正面から受け止め、わずかに眉をひそめた。


「学院とはそういう場だ。異論があるなら、君が教師にでもなれ」


乾いた言葉だった。だがその一言が、エリックの中に、何かを決定的に植えつけた。


「ベルトン教官。──彼女の班に、僕を同行させてください」


教官は、資料を閉じて顔を上げる。一瞬だけ、何かを測るようにエリックを見た。


「……班は既に決定済みだ」


「臨時で構いません。見学枠でも、監視役でも。危険があるなら、その場で僕が対応します。お願いします」


懇願ではなかった。だが、明確な意図と誓いを持った、真っ直ぐな言葉だった。


「……却下だ。生徒の勝手な同行は許可できない」


静かで、断固とした返答だった。


「なぜですか? 現場の安全を第一に考えるなら、戦力を増やすに越したことはないでしょう」


「そうだな。だが、C地区は“訓練”の場だ。あくまで生徒の実力を測る場でもある。保護者のような付き添いを認めれば、他の班からの不満が出る」


「……!」


「お前の気持ちは分かる。だが、規則を捻じ曲げるほどの特別待遇はできん。」


──ならば、自分が守るしかない。力を尽くして、あの子を生きて帰らせる。


エリックは無言で頭を下げると、そのまま踵を返した。その背中は、普段の彼からは想像できないほど、冷静で、静かな決意に満ちていた。



***



夕暮れの訓練場跡。薄い雲に夕陽が滲む空の下、レオンは黒い上着の裾をなびかせて歩いていた。その足取りには、迷いも、疑問もない。


(……C地区。レナが、あそこに行く?)


掲示板を見たときから、答えは出ていた。許可など取らない。必要ない。レオンはすでに、地図と出発予定時間を頭に叩き込んでいる。あとは、出発より先に現地へ向かい、全体を制圧するだけだった。全身に張り付くような静けさと、獣のような気配が背後に残る。


「──あいつに、何かあれば」


低く、呟いた。


「……全部、潰す」



***



夜、学院の資料室。誰もいないその場所に、エリックは懐中灯の明かりだけを頼りに書類を探していた。


(訓練地の正確な地図……教師が使うものが別にあるはず)


──黙って見ているだけなんて、できない。


レナは危険に晒されている。他の誰かがどう言おうと、自分は彼女を守りたいと思った。


──正規の許可が出ないなら、迂回するだけ。


エリックは資料棚の隅から、地図と旧記録の束を引き出した。「C地区・東側搬入口」「旧探索路」などの記載を見つける。


(こっちからなら、教師の目を避けて先に到着できる)


彼は微笑んだ。


「──レオンより先に行けたら、少しくらい格好つけられるかも、ね」


肩の力を抜くように笑いながら、彼はそっと扉を閉じた。


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