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Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第一章 絡まる運命 ─ Entwined Fates
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第25話 笑顔の暗殺者

食堂は、いつもより少しだけ賑わっていた。ちょうど“期間限定スイーツフェア”なるものが始まったせいか、生徒たちが甘い香りに誘われて列を作っている。


「やった!プリン、まだあったよ!エリック、ほらほら、こっちこっち!」


レナが嬉しそうにエリックの袖を引く。その姿は天使のように無垢だった。


(いや、地獄かもしれん)


エリックは内心で呻きつつ、笑顔を作って彼女の向かいに腰を下ろした。プリンが運ばれてくる。甘い香り。ぷるぷると揺れる見た目。本来なら、笑顔になれるはずのものだった。


「ここ、空いてる?」


穏やかに響いた声。エリックの全身に電流が走った。あの声だ。聞き間違えるはずがない。その場に座ったのは──レオン・ヴァレント。完璧な笑顔でトレイを持ち、エリックの隣に腰を下ろした。


「よぉ、偶然だな」


満面の笑みと、爽やかさすら感じる表情。だがエリックにはわかっていた。数日前、ギルド裏で殺されかけた相手が今、自分の隣に座ってプリンを食べようとしているのだ。


(な、何で笑ってんだコイツ……!?“偶然”って顔してるけど、お前、絶対レナに持たせた鍵で位置感知して来たろ!?)


「レオンも来てたんだー!うんうん、仲良くなれるかな!」


レナがにこにこと言う。エリックは震えそうになる笑顔を必死で張りつけた。


「……あ、あはは……そうだね……仲良く……なれると……いいね……?」


隣から視線を感じる。レオンは、ただプリンを一口、静かに口に運んでいた。その動作に、何の殺気もない。ただ、完璧に“無害”な人間として、レナの隣に座っている。それが、なによりも恐ろしかった。


(……こいつ、本気で“敵意を消す”こともできるのかよ)


心拍が乱れる。背中に冷たい汗。レナの笑顔が、まるで何も知らない太陽のように輝いているのが、余計に痛かった。


「ねぇエリック、今度さ、3人でもうちょっとゆっくりお話ししようよ!」


「は?」


「だってレオンとエリック、もっと仲良くなってくれたら嬉しいもん!」


(やめてええええぇええええ!!!!)


エリックは今にも叫び出しそうになるのをぐっと堪え、プリンにスプーンを突き刺した。


 ──この一口に、命が懸かっている。



***



プリンを食べ終わったあと、エリックはスプーンを置いたまま、しばらく固まっていた。体は表面上落ち着いていたが、手のひらにはうっすらと汗が滲んでいた。喉の奥が乾いている。


「……そろそろ、教室に戻るよ」


震える声を無理やり平坦に整えて、立ち上がる。ぎこちなく、自然を装いながら。


「うん、それじゃまた放課後、街に行こうね」


レナが笑顔で言う。


 「……うん」


返事をしながら、エリックの視線が一瞬、横に座る人物へと動く。レオンは相変わらず、殺気は一切なかった。ただ、静かにコップの水を飲んでいるだけ。その横顔は、まるで何事もなかったかのように平穏だった。


 (…なのに、なんで俺、心臓がこんなにバクバクしてんだよ……)


 エリックはそのまま、まるで追われるように席を立ち、足早に食堂を去っていった。静寂が戻ったテーブルに、レナがふわっと微笑む。


「エリック、すごくいい人でしょ?」


レオンは手元のカップに視線を落とした。


「……そうだな」


レナはそのまま、少しだけ寂しそうに視線を伏せる。


「……私と組んだ人は死ぬって噂が広がってるのに、今もパートナーをやってくれてて……すごく嬉しいの。怖くないって言ってくれて、助けてくれて、隣にいてくれて……もう絶対に失いたくないなって、思ってる」


その声は、無邪気な笑顔ではなく、静かな想いを込めた本音だった。レオンは何も言わずに、しばらくレナを見つめていた。彼女のためなら、すべてを消してもいいと、心から思っている自分を自覚しながら。


「……いいヤツだな」


ぽつりと呟いた言葉は、どこか遠くを見つめているような声色だった。


(……猶予くらいは、やるか)


それは慈悲ではない。理性でもない。ただ、レナが悲しむ顔を、今だけは見たくなかった──それだけの理由だった。


殺すか、生かすか。

その“選択”すら、レオンにとっては日常の一部だった。

今はまだ、生かす方に傾けているだけ。



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