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Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第一章 絡まる運命 ─ Entwined Fates
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第24話 エリックの恐怖、死の気配

ギルドの帰り、人気のない道を歩いていると誰かがついてきていることにエリックは気付いた。


死の気配。殺気。空気の振動、背中に這い寄るような魔力のざわめき──


(……チッ。最悪だ)


エリックは振り向かなかった。ただ、足を止めることもせずに、歩きながら空気を読み、筋肉を静かに張る。


──来る。


その瞬間、背後から風を裂いて殺気が飛んできた。不意打ちだったが、エリックの体は反射的に動いた。魔力を帯びた足運びで地面を蹴り、背中へ向かってきた“何か”を紙一重で躱す。


「……躱したか」


静かに、だが確実に殺意を込めた声が、背後から響いた。

振り返ると、そこには学院の制服姿の少年──レオン・ヴァレントが立っていた。冷たい青い瞳が、氷のように射抜いてくる。


「えーっと?何の用かな?俺、君に恨まれるようなことは……思い当たらないんだけど?」


エリックが軽く笑ってかわそうとする。


「レナと……仲がいいらしいな。」


「……まあ、同じクラスだからな。何か問題あるか?」


エリックが警戒を込めて言うと、レオンの口元が、緩やかに歪んだ。それは笑みとは程遠い、静かな殺意の兆しだった。


「問題しか、ないんだが」


その瞬間、その場の空気が一変した。


「おい、待てよ……!」


エリックが言い終える前に、地面から黒い魔法陣が展開された。詠唱もなく、瞬時に放たれるのは――圧倒的な実戦魔術。


(コイツ、殺る気か──!)


咄嗟に後ろへ跳ぶ。地面を抉る雷刃が、エリックの足元を数センチかすめて爆ぜた。


「──ふざけんな……!」


エリックは即座に抜刀した。反射的に全身の筋肉に魔力を纏わせ、守りに入る。元Sクラスとして、やる気はないが身体は戦いを忘れていなかった。


「やっぱ、殺す気だったんだな。おいおい……頭イカれてんのか?」


「鍵を触っただろ?邪魔なんだよ、お前」


レオンの気配が変わる。刹那、鋭く足を踏み込む。視線がブレるほどの加速に隠し持ったナイフに、魔力による脚の強化──実戦慣れした殺し屋の動きだ。


エリックも即座に防御魔法を展開、至近距離で衝突する。火花のように散る光と肌を切り裂く風圧に徐々に押される。動きに無駄がなく、命を奪うための“癖”が染み付いている。


「……クソ、やっぱやべえ奴じゃねえか……!」


エリックは確信した。


(こっちが元Sクラスってわかった上で、殺しに来てる)


レオンの魔力は、あまりにも研ぎ澄まされていた。それはとても冷たく、まるで機械だ。感情すら感じない。その瞳の奥にあるのは、狂った執着のように見えた。


(……アイツのこと、そんな狂ったような目で見るなよ…)


「気持ち悪ぃんだよ」


エリックは低く呟き、レオンの間合いを斬る。一撃、刃がレオンの頬をかすめる。その瞬間、レオンの足が止まる。


「……やっぱり元Sか。見くびってた」


静かに言い、レオンは一歩、後ずさった。


レオンの表情は冷静そのものだったが目だけが異常だ。焦点の合っていない青い目。何を見ているのか分からない──だが確かに、“殺し”だけを見ている。エリックは瞬時に状況判断した。自分の魔力量は充分、逃げ切るだけの魔力は残している。戦い続けることも可能だ。だが、それでは命の保証はない。


(付き合いきれねえって!)


次の瞬間、エリックは地を蹴った。背後に幻影を残しつつ、風を裂くようなスピードで木々の間を抜けていく。俊敏性、判断力、撤退能力。それがSクラスだった過去のエリックの“本領”だった。


「……逃げるか、いい判断だ」


レオンがその背中を見送りながら、呟く。だが、追いかけることはしなかった。


 “今”は見逃しただけだ。

 “次”があるとは、限らない。




***




エリックは今日も、背後を三度以上振り返っていた。不自然にならないように、あくまでさりげなく。だが、内心は常に緊張で張りつめている。


(まだ……追ってきてはいない……よな?)


数日前の夜、ギルド裏で命を狙われた。犯人はもちろん、レオン・ヴァレント。レナの鍵に触れただけで、文字通り“殺しにきた”男だ。それ以来、エリックは完全に暗殺対象者の自覚を持って生活していた。


「ねえ、エリックー!」


レナだった。朗らかな声に、ふわふわと揺れる赤毛、無防備な笑顔。


「……っ、ああ、レナか。びっくりした」


「なんでそんなに警戒してるの? 最近元気ないけど、大丈夫?」


無垢な問い。何も知らない彼女の笑顔が、エリックの心をより深く抉ってくる。


(いや、お前の“守護者”が本気で俺を殺しにきたんだが……?)


だが、言えるはずもない。言った瞬間、次に狙われるのは“喋った罪”だ。


「ぜ、全然大丈夫、たぶん……」


声が震えた。レナはまったく気づいていない様子で、さらに無邪気に言う。


「ねぇ、エリック。今日、期間限定のプリン食べに行こ! 食堂のあれ、すぐ売り切れちゃうんだって!」


(プリンとか言ってる場合じゃねぇんだよぉぉ!!)


叫びたくなったが、堪える。涙目で頷く。


「う、うん……プリン、いいね……」


「あ、そうだ!」


レナが手を打った。


「レオンの誕生日、もうすぐなんだよね。プレゼント選びたいんだけど……付き合ってくれない?」


 思考が止まった。目の前が真っ白になる。


 (……あの、“俺を殺そうとしたやつ”のプレゼントを……。しかも“俺が一緒に選ぶ”って……)


 エリックはその場でよろめいた。


「お、俺、それはちょっと……命的に……」


「え?なに?」


「な、なんでもない。行こう、プリン、プリン……」


笑顔のレナと並んで歩きながら、エリックは心の中で祈っていた。


(頼むから……今日、殺されませんように……!)



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