第23話 触れられない鍵
「好きなんです。付き合ってください!」
女子生徒の朗らかな声が通路に響く。レオンは視線を落とすと、静かに答えた。
「……悪いけど、誰かと付き合う気ないんだ」
校舎裏の通路。昼休みの喧騒から少し離れたその場所は、なぜか最近、告白の名所になっていた。
「はあ……これで今日、三度目か……」
ひとつため息を吐いて、レオンは壁に背を預け片手で前髪をかき上げた。これで今日だけで三人目だ。Aクラスに昇格してからというもの、学院内での知名度は嫌でも上がった。だが、それに比例してこういった面倒も増えている。好きという感情は理解できても、自分にはよくわからなかった。
「……俺の見た目とクラスが目当てなの、ミエミエなんだよな」
そう呟いた瞬間、背後に気配を感じた。
「……全然隠れてないから、出てこい」
低く鋭い声で言うと、物陰からひょこっと顔を出したのは、レナだった。
「あ、あの、わ、わざとじゃないの!」
レナは両手をぶんぶん振りながら慌てふためく。
「歩いてたら聞こえてきちゃって!ていうか、一日で三人も告白されるって……なにそれ、アイドルか何か?」
「……はあ」
レオンは肩を落としながらも、レナの無防備な言葉に少しだけ頬が緩む。だがそれも一瞬だった。
「私なんて、告白されたことないよ。……モテる人生、羨ましいなあ」
「はぁ?どこが羨ましいんだよ」
レオンの口調がわずかに刺々しくなる。
「好きでもない奴に好かれて、何が楽しい?話したこともないのに、外見とクラスだけで判断されて、……それを“魅力”って言えるのか」
「見た目だって、それも一つの魅力でしょ?」
レナはきょとんとした顔で、笑った。
「レオンって綺麗な顔してるし、かっこいいし、全然いいと思うけどなあ」
その言葉に、レオンの眉が僅かに動いた。
──ああ、そういうものか。
自分にはよく分からない感情だが、彼女がそう言うなら──と思った矢先だった。
「私も誰か、告白してくれないかなあ。どんな感じなんだろ」
──刹那、空気が、止まった。
「……は?」
レオンの声が冷える。レナは気づいていなかった。その何気ない冗談が、彼にとって何よりも踏んではいけない“地雷”だったことを。まるで世界から音が消えたような静寂の中、レオンの瞳に宿るのは、明らかに“敵”を見る目だった。
(……誰かが、レナに告白する?)
その想像だけで、喉の奥が焼けるように熱くなる。
(……絶対に、許すかよ)
無意識に、手が剣の柄に触れていた。まだ抜いてはいない。だが、もし本当に誰かがレナに想いを寄せたなら、その瞬間、命はないだろう。レナに好意を持って近づく者がいれば、躊躇なく排除する。それが、誰であろうと。
***
中庭にある木陰のベンチで、エリックは黙って腕を組んでいた。風が吹き抜け、枝の揺れる音だけが静かに響いている。
(……やっぱ、おかしいよな)
レナの首元で、微かに光を反射する銀の鍵――それは魔術学院で支給されるような簡素なものではなかった。それを送った相手はレオンだと聞いている。偶然のような顔をしてレオンがギルドに現れたのを思い出す。まるで最初から“レナの居場所を知っていた”かのように。
「……何でレナがギルドにいるってわかるんだよ」
ぼそりと、呟いたつもりだった。
「ん?どうしたの、エリック?」
声をかけられて顔を上げると、レナが首を傾げてこちらを覗き込んでいた。いつもの無邪気な笑顔で、何の警戒もしていない。
「あー……いや、ちょっと気になってさ」
エリックは視線を逸らしながら、慎重に言葉を選ぶ。
「お前のその首にかけてる鍵、やっぱ普通の魔法鍵じゃないと思うんだよな。何かこう……追跡する機能とか、あってもおかしくないっていうか」
「うーん、そうかなぁ?」
レナは鍵を指先で摘み、陽にかざすようにして眺めた。
「でも、ギルドに来たくらい、偶然ってこともあるよ? レオン、よく出入りしてるって聞いたし」
「……お前、ほんと人を疑うってこと知らないよな」
呆れ半分、心配半分。エリックはため息をつく。だが、軽々しく言えない。下手に不安を煽れば、レオンに“何か吹き込んだ”と見なされるかもしれない。
試しに──と手を伸ばし、鍵に触れようとしたその瞬間。
「っ……!」
ばちん、と空気が弾けたような音とともに、指先が強制的に跳ね返された。指に痺れるような微細な魔力の痛みが走る。
「……やっぱ、触れられねぇか」
首をすくめるレナに謝りながら、エリックはこめかみに手を当てて呻いた。
「うん……悪い、なんでもない。あー、ダメだ。やっぱりそれ、普通じゃないな。感知式の結界か何かが組まれてる。今の触れただけで、たぶん──」
レナの背後に、“殺気”に近い何かがちらついた気がした。気のせいか、どこか遠くで気配が跳ねたような、嫌な感覚だ。
「……下手に調べたら、お前が怒られるどころじゃ済まない気がするな……俺が消されるかもな……」
エリックはぼそりとそう呟いて、頭を抱えた。休憩時間のはずなのに、どこか背筋が冷える昼下がりだった。




