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Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第一章 絡まる運命 ─ Entwined Fates
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第21話 闇の狩場

レナとの食事後、レオンは黒いコートを羽織った。

 

「……どこか行くの?」


レナが尋ねると、レオンは片袖を整えたまま、ゆっくり振り返る。


「ああ、出かけてくる。夜は戻らない。終わったら、部屋に帰ってていい」


それだけ言うと、レオンはドアへ向かった。部屋を出た瞬間、レオンの顔から全ての“人間らしさ”が剥がれ落ちた。無表情、無感情。ただ、静かに手袋をはめる。革の黒手袋のパチン、という音が響いた。

 

夜の街の、照明の届かない裏通りを抜けた先を歩く。

かつて娯楽施設だったという地下劇場の一角へと向かう。立ち入り禁止の看板は破れ、壁には古びた落書き、照明の切れた廊下に、かすかなヒールの音が響いた。


「遅いわよ、レオン」


赤いドレスに身を包んだ女が、薄暗い空間の中央に立っていた。巻き髪を美しく整え、艶やかな唇には紅がひときわ鮮やかに浮かぶ。


──仲介屋、リゼ。


表の顔は高級サロンの女主人。裏の顔は、闇仕事を斡旋する冷酷な情報屋。レオンは無言で歩み寄った。さっきまで学院にいた青年と、まるで別人のような“殺し屋の顔”だった。


「今回の標的は“組織を裏切って情報を流した者”。全員、粛清で構わないわ」


「……何人だ?」


「二人。男と女。小物だけど、口が軽いのは処理しないと他に影響が出る」


リゼが無造作に紙束と地図を差し出す。レオンはそれを片手で受け取り、もう片方の手をゆっくりと腰の剣の柄に添えた。


「旧市街地の古物倉。今は解体予定の劇場地下を根城にしてるみたいね。魔力の痕跡もあったわ。多少の抵抗はあるかも」


「──問題ない」


短く答えると、レオンは背を向けて歩き出す。


「気をつけてね。女の方、かつてそれなりに名のあった魔術師だって噂よ。……でも、あなたなら大丈夫ね」


「……邪魔をするなら、誰でも斬るだけだ」


そう呟き、レオンは振り返ることなく路地を去った。



***



標的の潜伏先。地下劇場の控え室跡は、埃にまみれ、崩れかけた壁が広がっていた。ただ、残響がよく響くこの空間は、声や魔力の気配を探るには最適だった。


「チッ、誰か来た……っ!隠れろ!」


「リゼの差し金か!? 俺たちまだ何も──」


叫びが終わる前に、剣が抜かれた音が響いた。


「……!」


一瞬で距離を詰めたレオンの斬撃が、男の胸を斜めに切り裂く。悲鳴を上げる暇もなく、男の身体は壁に叩きつけられ、赤い血が闇の中に飛び散る。


「魔術……っ!」


女が魔法陣を組むが、遅い。

レオンは残像を残して滑るように踏み込み、構えた長剣を横に払う。


──音もなく、女の足元に魔法陣が崩れ落ちた。


次の瞬間、倒れる音が劇場の静寂を裂いた。二人の気配が消えたのを確認して、レオンは小さく息を吐いた。



***



劇場の外に出る頃には、夜風が少しだけ冷たくなっていた。返り血が、頬を一筋伝った。それを拭いもせず、レオンは歩き出す。夜の空気が肌に触れた瞬間、冷たい風が血の臭いを連れてすり抜けていく。


旧劇場跡から数ブロック離れた、夜の喫茶サロンへと来た。表向きは営業終了後のはずだが、奥の照明にはまだ明かりが灯っている。


その奥のラウンジに、深紅のソファに腰かけていたリゼが、くるくるとワイングラスを傾けていた。


「おかえり、レオン。……綺麗にやったみたいね」

 

レオンは黙って椅子に腰かける。その表情からは何の感情も読めない。黒い手袋はすでに外されていた。


「綺麗な顔に返り血ついてるわよ。現場処理は?」


視線がレオンの頬の血をなぞるように動く。


「いつも通り痕跡は消した。連絡手段も潰してある。」


「優秀ね。ほんと、あんたほどの人材はなかなかいないわよ」


ワインを一口飲み、リゼはにこりと笑って、報酬袋を机の上に置いた。中には高額な銀貨と、魔術結晶が数個。


「……俺にとっては、ただの仕事だ」


レオンは淡々と答える。それは言い訳でもなければ、主張でもない。ただ、事実を告げただけだった。


「ええ、知ってる。だから次も頼みたいのよ。」


「どういう内容だ?」


「表向きは輸送業者。でも実態は“人間の陳列棚”よ。生きたままラベル貼って、欲しい人に売るの。特に若い女は人気ね。貴族様って、ほんと趣味が悪い」


「……またそれか。分かった。決まったら連絡してくれ」


リゼは肩をすくめて笑う。


「ほんと、“綺麗な顔をした悪魔”ってあだ名、似合ってるわ。そんなあんたでも……“恋”なんて、するのかしらね」


その言葉に、レオンは一瞬だけ動きを止めた。だが顔色は変わらない。ただ視線をゆっくりとリゼへ向ける。


「……関係ない」


「そう。──だったらいいけど」


背を向けて去っていくレオンを見ながら、リゼはワインを飲み干してふっとため息を吐いた。


(……妙ね。あんなふうに間を空けるなんて、初めてじゃない?)


“何か”を隠したような目だった。月明かりの中、返り血の乾いた匂いだけが、後を追っていた。

 

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