表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第一章 絡まる運命 ─ Entwined Fates
22/71

第20話 何も見なかったフリをした

夕食の買い物を終え、ふたりは学院の寮へ戻ってきた。夕暮れの光が窓から差し込む廊下を歩きながら、レナは紙袋を両手に抱え、そわそわとレオンの後ろをついていく。


(ここが……レオンの部屋。初めて入る……)


レオンが足を止めたのは、学院寮の一角にある一室。

見慣れたはずの廊下なのに、そこだけ空気がどこか異質だった。


ごく普通の木製の扉——に見えたのに、近づいた瞬間、レナの肌にピリ、と微弱な電流のようなものが走った。


(……え?今、何かが…)


ドアの周囲を包む、見えない“圧”があった。魔力の膜のような何重もの層が張り巡らされている気配に、思わず立ち止まる。


「……これ、結界……?」


思わず口をついた言葉に、レオンが振り返る。


「ん?ああ。気づいたか。数重に張ってある。侵入防止用だ」


「うわ……絶対本人しか入れないやつじゃん……」


レナは思わず引きつった笑みを浮かべる。


「どうかした?」


「いや、その……私の鍵でも、これ……入れるの?」


「大丈夫。あの鍵と、レナの魔力を組み合わせて認識させてある。他の人間が鍵を持ってても意味はない」


さらりと、当然のように言うレオンは、手にした鍵を鍵穴に差し込み、ドアを開けた。


——ガチャリ。


扉が開くと同時に、肌を刺していた結界の気配がふっと霧のように消えた。


(……セキュリティ、すご……!)


自分の部屋には、そもそも結界など張ったこともない。

これがAクラスの特権なのか、それとも……レオンという人間の“生き方”の現れなのか。中に入った瞬間、レナは思わず足を止めた。


「……広っ」


整然と並んだ本棚には高等魔術書がずらりと並び、色調の統一されたソファとテーブルが、生活感と品の良さを両立させていた。机の上には魔術構文の紙束や、封印済みの契約書が整頓されて置かれており、魔力の淡い光が時折ちらつく。


(私の部屋、何もないのにテーブルにお菓子とノートで散らかってるよ……!?)


思わず目が泳ぐ。


「ソファ、座ってていいよ」


「え、う、うん……」


ふわりと腰を下ろしながら、視線を奥の壁に向けた瞬間、レナはある“異変”に気づいた。


「……ねえ、こんなに広かったっけ?寝るところもないし……あれ、あの奥のドアって……?」


「Aクラスになって、隣の空き部屋をぶち抜いて拡張した」


「えっ……えええっ!?」


声が裏返る。学院寮は個室制のはずだった。


「許可は取ってる。Aクラス以上は、成績優秀者向けの上位寮に移るのが通例なんだが、俺は引っ越す気がなかった。だから学院に掛け合ったら、すぐに改装してくれた」


「……Aクラスってそんなに……」


「かなり無理を言ったが、俺だから通ったんだろ。普通は許可が下りない」


まるで当然のように言い切るレオンに、レナは改めて、目の前の“規格外”を実感するのだった。


「何か飲む? お茶でも淹れようか」


レオンは、いつものように淡々と、けれどほんの少しだけ優しい声音で尋ねた。湯を沸かし始めると、部屋の空気がわずかに落ち着いた。魔力を練り込んだ茶器に触れる彼の動作は、驚くほど手慣れていて、どこか静かな気品すら漂わせている。


(……すご。レオンって、家の中だとこんな感じなんだ……)


慣れた所作を見つめながらも、レナはそわそわと落ち着かず、視線を部屋中に泳がせた。


(……男の子の部屋に来たの、初めてかも……!)


ソファも、机も、きちんと整っていて、それでいてどこか戦場の指揮所みたいな雰囲気すらある。


(魔術構文の紙だらけ……意外だな、ちゃんと暮らしてるって感じ)


そんなことを思いながら、ふいに立ち上がった。


「あっ、ちょっと手を洗ってきていいかな?」


「ああ、奥。まっすぐ行って右側」


レオンは紅茶葉を蒸らしながら、振り返りもせずに答える。


廊下のように短い通路を抜けて、小さな洗面所に入る。

鏡と清潔な陶器の洗面台。周囲も整理整頓されていて、レナは思わず感心する。蛇口をひねって、流水で手を洗っていると、ふと視界の隅に“違和感”が映った。部屋の隅、やや陰になった場所に、無造作にゴミ袋が一つ置かれている。


(……ん?)


軽い好奇心でちらりと視線を向けたその瞬間だった。


──袋の口が、ほんのわずか開いていた。


その中に、赤黒く染みた“布の塊”が見えた。


(……え……?)


ぴくりと、手が止まる。思わず顔を近づける。半透明の袋越しに見えたそれは、


 ──真っ赤に染まった、服。


破れたシャツのようなもの。血液の乾いた色と、点々と付着した黒い染みがついていた。


「……っ!」


息を呑んだ瞬間、ドアの向こうから、レオンの声がした。


「ミルクは入れる?」


「え、あっ、うん……少しだけ……!」


慌てて水を止め、手を拭く。心臓が、どくどくと波打っていた。


(……なんで、こんな……)


誰かの服?レオンの?それとも──


(……聞けない)


問いかけたら、何かが壊れてしまうような気がした。レナはそっとドアを閉めて、何事もなかったような顔でリビングへ戻った。レオンはちょうど紅茶を注いでいるところだった。

微笑むでもなく、いつもの無表情。だがその姿が、少しだけ遠く感じた。


「ほら」


彼が差し出したカップは、ほんのりと湯気を立てていた。レナは、静かにカップを受け取る。


そして、何も見なかったふりをした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ